第33話:晴天の霹靂

 ――ええええええ!!!

 わ、わたしが夢華の妹!?


衝撃のあまり、一瞬、頭が完全に真っ白になり、言葉を失う。

 晴天の霹靂へきれきとは、まさにこのことだった。


「……そ、それって、一体全体、どういうこと?」

 ようやく言葉を発し、十萌さんと夢華の両方を、交互に見つめる。


 夢華が深いため息をつく。

「やっぱり、何にも知らされていなかったのね」


 彼女はわたしの目をまっすぐ見据え、はっきりと言った。

「あなたの亡くなった母親が、私の母親でもあったってこと。お父さんは違うけどね」


「た、たしかにお母さんは、わたしを産んですぐ亡くなったって聞いている。でも姉がいるなんて話、一度も聞いたことがない」


 わたしは、縋るように十萌さんを見る。


 十萌さんがすまなそうに言う。

「ごめんね、リンちゃん。黙っていて。事情がありそうだから、敢えては触れてなかったんだけど」


「何で、十萌さんまで知っているんですか?」

 知らず知らずの内に、自分の口調が刺々しくなるのを感じる。


「わたしも、途中までは全く知らなかったの。ただ、実験で2人の脳波や身体データを見比べていて、他人とは思えない類似性があったから、もしかしたらと思ってただけ」


 あまりの衝撃で、涙が溢れ出しそうになる。


 そのとき、足元に何かが触れた。

 ハムハムだ。


「リンねえちゃん、どうしたの?」

 険悪な雰囲気を察したのか、悠くんと美紀ちゃんが心配そうに聞いてくる。


 その顔を見て、わたしははっと我に返る。

 ――ダメだ。関係のない子を心配させちゃ。


 いつのまにかそこにいたのか、錬司さんが、優しい口調で声をかけてくる。


「まずは一緒にお昼ごはんを食べよう。そして、その後、お父さんに一緒に話を聞こう」

「は、はい」


 わたしは涙を堪えるのに必死だった。


 ***********


 午前中の修行を終えたわたしたちは、山野辺家の大広間で、お昼ご飯を囲んでいた。


 悔しいけど、山野辺家のごはんは、どんな時も美味しい。

 エリーが捕ってきた魚がまだ残っていたので、醤油をつけて、納豆と卵掛けご飯にする。


 悔しさと怒りが少しだけ緩やかになるのを感じる。

 ただ、疑問はまだ全く消えていない。


「おー、これがアニメに出てくる、”おうちごはん”てやつか!」

 アレクは、味というより体験として感激しているようだ。


「納豆はみんな無理しなくていいからね。パンたべたい人はこっちね」

 タタミの大広間にテーブルを広げ、夏美さんが大人数の食卓を仕切ってくれる。


 わたしは、無言で食事をする夢華を見る。


 ――彼女が、わたしの姉だなんて、まだ信じられない。

 ただ、もしそうだとすると、思い当たる節ばかりだ。


「ようやく会えた」

 初対面の時、たしかに彼女はそう言った。


「中国語さえ話せないの?」

 というセリフも、本当にわたしが夢華の妹だとしたらもっともだ。


 頭がグルグルする。

 ――自分はいったい何者なんだろう。


 わたしだって、もちろん、今まで母親について訊ねたことは何度もある。

 特に幼稚園のときは、お母さんがいないことは、どうしようもなく寂しかったから。


「なんでうちお母さんがいないの?」

 そのたびに、お父さんは悲しそうな表情で、「リンが二十歳になったら教えるよ」という言葉にはぐらかされてきた。


 普段は強くて穏やかな父が、そうした表情を見せることはめったにない。

 子どもながらに、これが「聞いてはいけないこと」なんだと分かった。


 片親の家庭、というのはわたしが住む地域では、珍しくもなかった。

  わたしにはおじいちゃんやおばあちゃん、そして七海家のみんなもいた。


 もっとひどい家庭もあるのは分かっていた。

 その意味では、”孤独”というには愛されすぎてきた自覚はある。


 だから、そのうち、母親についてわたしは聞くことをやめてしまった。

 その意味では、わたし自身にも責任があるのかもしれない。


 ――だけど、さすがに、血を分けた姉がいるとなると話は別だ。

 しかも、相手はわたしを知っているのに、わたしは全く知らなかったのだ。


 あらゆるひとが、自分をだまそうとしているんじゃないかと疑いたくなっている。


 ――星に会いたい。

 そう、強く思った。


 エリーを守れず、自分を見失いそうになる日々の中、常にそばにいてくれた存在。

 わたしが今、無条件で信じられるのは星だけだ。


 そういえば、そろそろ創さんと島に来るはずだ。


 わたしの指は、気が付くと星にメールを送っていた。

「いつ、島に来れるの?」


「にゃん」

 ほとんど間を置かずに着信音が鳴り響いた。

 星からのメッセージだ。


「錬司さんに話は聞いた。明日行くよ。リンのお父さん誠吾さんと一緒に」


 ドクンと心臓が高鳴った。


 父には直接会って話すべき――。

 そう頭ではわかっている。

 

 だけど、正直心の準備ができていない。

 動揺を隠しきれる自信がない。父を、手酷く責めてしまうかもしれない。


 それでも――。それでも星がいるなら。

 きっと、わたしは受け止められる。

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