第29話:一切即一

「これ、お土産です」

そう言って、いまだにバケツの中で暴れ回っているウツボを錬司さんに手渡す。


「すごいね。ウツボこれ、どうやって捕ったの?」

錬司さんも目を見張る。


「夢華が、素手で」と答えると、

「なるほど……」と、驚いたような得心したような表情をする。


「確かに、夢華さんなら可能かもしれないね。彼女の座禅は最も自然体に近かったから」


錬司さん曰く、自然界の生き物は“自分に向けられる敵意”に極めて敏感なのだという。だからこそ、狩りや狩猟の際は、自然体であることが理想らしい。


「でも、今の彼女、ちょっと動きがおかしくない?」

……とはいえやっぱり、錬司さんの目は騙せない。

 

 夢華は、天性のバランス感覚で、体こそぶれてはいないように見えるけど、微妙な違いが錬司さんには分かるんだろう。


「夢華、ちょっと酔っているかもしれないんです。なんか、中国のお酒を飲んじゃって。水みたいな色してたから、そんなに強くないと思うんですけど」


「もしかして、それって、白酒って書いてなかった?」

「たしか、そんな名前だった気が……」


「僕も中国で白酒バイジョウを飲んで、記憶を無くしたことがある。60度くらいある、ウィスキーより強いお酒だ」


「え? 夢華、一人で、ほとんど一本空けてたような……」


 ――実は、結構ヤバい状態なんじゃ……。

 一抹の不安がよぎる。まあ今日は休暇日なんだし、たぶん大丈夫だろう。


 **********


 わたし達から、「フローを広げる」という話を聞いた錬司さんは興味深そうに言った。


「それは、「一切即一いっさいそくいち」ってことなのかもしれないね」


「いっさいそくいち?」

 誰一人意味が分からず、けげんな表情を浮かべるわたしたち。


 錬司さんが解説する。

「全体の中に個があり、個の中に全体がある。そして、全体と個は互いにつながり、影響し合っている。一切即一とは、そういう意味の禅用語なんだ」


 ――「個が全体の一部」ということまでは、何となくわかる。

 ただ、「個の中に全体がある」というのは、一体どういう意味だろう。


 だけど、十萌さんだけ、納得したように大きく頷く。

「なるほど、つまり、アバターを含めて、全体を一として捉えるべきってことですね」


 わたしたちの怪訝な表情を見て、十萌さんが言う。

「まあ、まず座禅をやってみましょう。話はそれからよ」


 私達は早速ヘッドセットを着用し、実験に移る準備をする。


 まずは、フロー状態になるため、座禅を始める。

 ただし、前回と違うのは、それぞれの隣に、脳波で接続された座禅状態のアバターが置かれている。


 脳波の動きとアバターの連動性を同時に観察するためだ。


「黙想!」

 という錬司さんの声とともに、全員、座禅を組み、目を閉じる。


 私はこっそり薄目を開けて、みんなの様子を見る。


 さすがに二回目だけあって、みんなの座禅もサマになっている。

 背筋も伸ばしながらも、リラックスした雰囲気を感じる。


「いいわ、順調にフローの状態に近づいている。ここから、


 意識してはいけない。あくまでも自然でなければならない。

 ここが難しいところだ。


 そのとき、ミゲーラの身体が、左右にふらふらと揺れはじめた。


 明らかに、酔っぱらってうたた寝し始めしてる。まあ、あれだけ飲んだ上に、目をつぶったら当然と言えば当然だけど。


 ――ちょ、ちょっとミゲーラ。


 声をかけようとして、不思議なことに気が付いた。


 ――え?

 本体に合わせて、ミゲーラのアバターも揺れ始めたのだ。

 逆に、酔っていることが、自然体を生み出しているのかもしれない。


 十萌さんが嬉しそうに言う。

「ミゲーラの脳波伝達率、15%を超えたわ」


 エリーを除けば、今までの最高記録だ。


「ソジュンも14%。アレクは19%。二人とも、上出来ね」


「リンちゃんは、まだ8%程度ね。人のことはいいから、自分に集中して」

「ご、ごめんなさい」


 ――そうだ、他人のことを気にしている場合じゃない。


「夢華は、25%まで来てる。さすがね」


「ふぇ?」

 夢華が間抜けな返事をした。


 ……あ、明らかに酔ってる。


 さすがに十萌さんが声をかける。

「でも、ちょっと横になったほうがいいんじゃない」


 ムっとした様子の夢華は

「酔っぱらっていっていっらでしょ」と返す。


 ――それって、ベタな酔っぱらいのセリフじゃん。


 そう突っ込もうとして、慌てて自省する。

 まずは自分のことだ。


一切即一いっさいそくいち一切即一いっさいそくいち

 わたしは集中しようと、呪文のように心の中で唱え始める。


 アバターこれは、わたしの身体の一部なんだ。

 

 そのとき。


「キャー!!!!」

 夢華の甲高い悲鳴が、本堂に響き渡った。

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