第11話 :月灯り

 気が付くと、わたしは目覚めていた。

 目の縁には、涙が浮かんでいる。


 この夢を見るのは、いったい何十回目だろう。

 10年も前のことなのに、いまだに夢に出てくる。


 ――ここは……?

 現実の世界に引き戻ったことを確かめるように、わたしは、あたりを見渡す。

 

 独特の形の窓から、月の光が窓から差し込んでいる。

 ああ、そうだ。山野辺家の本堂だ。

 

 時計に目をやる。

 深夜、11時45分。

 どうやら、1時間半ほど、うたたねしていたらしい。


 そのとき。


 火灯窓の縁で、なにかが動いたように見えた。

 そろそろと動くそれは、満月を背に、銀色の光を発している。


 背後からの月灯りに照らされ、シルエットが浮かびあがる。

 まぎれもない猫だ。


 わたしはふと思い当たる。

 ――もしかして、これが、悠くんが言っていた、「幽霊猫」なのかもしれない。


 たしかに、月光に照らされると、銀色に光っているようにみえる。

 でもたぶん、月灯りに毛が反射しているだけだろう……。

 

 だけど、そうじゃなかった。


 その猫は窓枠から、ぴょんっと床に飛び降り、わたしのほうに足音もなく近づいてきた。


 毛が全くなく、なめらかな金属的な体表は、確かに薄く発光している。

 そのおぼろげな存在感と、非現実的な美しさは、確かに幽霊と見間違えてもおかしくない。


 そして、その猫は、確かに私の名前を呼んだ。


「リンちゃん」

 ……と。


 わたしは驚きのあまり、体が硬直する。

 まだ、さっきの夢の続きを見ているのだろうか…。


 だって、その猫の声に、確かに聞き覚えがあったから。

 ――それは、いまだ耳の奥を反芻し続ける、あのエリーの声だった。


 会いたい気持ちが幻聴を引き起こしたに違いないと、自分自身に言い聞かせる。

 

 だけど、光る猫が、今ここにいることゆるぎない事実だ。

 この実在感は、到底夢だとは思えない。


 そして、猫は再び言葉を発した。

「リンちゃん……。会いに来て」


 やはり、聞き間違えじゃない。これは、エリ―の声だ。

「ど、どこに…⁉」

 わたしは半ばどもりながら聞く。


「カイさんの、ところに」


 …え⁉

 カイさんって、あのカイのこと?


 急に現実に引き戻される。

 色んな妄想が頭を駆け巡り、混乱で言葉がでない。

 

 すると、猫は身をひるがえし、もと来た窓に向かって歩きだした。


 ちょ、ちょっと待って!


 そう言いかけたわたしに、

「もう、行かなきゃ」

と言い残すと、窓枠へとジャンプし、そのまま外の闇へと溶けるように消えていった。


 わたしは慌てて、窓の外を見る。

 そこにはただ、静けさのみが残されていた。


 わたしは、しばらく茫然としていた。

 今のはいったい何だったんだろう。


 ふと、枕元に置いていた腕時計を手に取った。

  短針と長身が、いままさに12時のところで交わろうとしている。

 

 ――まるでシンデレラだ。

 

 わたしはこどものころ読んでもらった童話を思い出す。

 12時になったら王子様の前から姿を消す、薄幸の少女の話を。

 

 錬司さんや悠くんたちに早く話したい……と思った。

 

 だけど、さすがに夜の12時だ。

 この時間に起こしてしまうのも悪い。

  

 明日朝でも遅くはない。

 そう思って私は布団に横になる。

 

 ……それにしても、とわたしは思う。

 もしもカイがこの一連の奇妙な出来事の首謀者だとしたら。

 

 もう一度わたしの竹刀で、覚まさせてやる!


 そう決めると、何だか心が落ち着いてきた。

 同時に、急激に睡魔が襲ってくる。

 

 そういえば、昨晩、船でほとんど寝ていなかったんだ。


 わたしは布団に入った。

 泥のような感覚に包まれ、わたしの意識はすぐに遠のいていった。

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