第3章:好敵手たち【2029年7月22日】
第12話:飛行車
2029年7月22日
「起ーきーて!」
サラの呼び声で、わたしは夢の世界から引き戻される。
目を開けると、本堂にはもう朝日が差し込んでいた。
わたしは飛び起きながら、サラに訊く。
「い、今何時?」
「もう朝の9時だよー」
――し、しまった。完全に寝過ごした。
あの幽霊猫について、錬司さんたちに話さなきゃいけないのに。
跳び起きて、錬司さんたちの住む離れのリビングに行くと、そこにはもう誰もいなかった。
テーブルには、夏美さんのメモが置かれている。
法事のため隣村に行っています。
船旅、疲れたと思うので、今日はゆっくり休んでくださいね。
――そういえば、昨晩そんなことを言っていた。
できればすぐに伝えたかったけど、まあ島にはあと2か月間滞在する。きっとチャンスはあるだろう。
それよりもまずは、カイに会うことだ。
どう考えても、一連の出来事に、何かしら絡んでいるとしか思えない。
「サラ、そういえば、カイからなんか連絡来てない?」
「うん。ついさっき来たところ」
「え!?教えてよ」
「だからさっき起こしたんだってば。ここから、歩いて15分くらいの、白雲小学校に朝10時に来てほしいって。30分で支度すれば、十分間に合うよ」
白雲小学校?
聞き覚えがあった。
「でも、あそこって大分前に廃校になってなかったっけ?」
「うん。前回の島の噴火以降、生徒数が減ってしまって、隣村の東空小学校に合併されたみたい。ただ、校舎は取り壊されずにそのまま残っているようだよ」
――廃校って、これまた怪しい。
けど、ここまで怪しいことが続くと、逆に真相を知るのが楽しみにもなってくる。
いざとなったら、カイをどつけばいいんだし。
**********
10時の5分前。
荷物をまとめたわたしは白雲小学校の校門前にいた。
使われていないはずの学校の校門が、半開きになっている。
誰かが出入りをしているようだ。
――泊まるとこ用意してくれてるっていったけど、まさかここじゃないよね?
ちょっと不安になり始めたわたしの耳に、遠くから羽音を大きくしたような音が飛び込んできた。
「バババババババババ」
その音が次第に近づいてくる。
――この音って、もしかして!?
ニュースや映画とかで聞いたことがあるやつだ。
そう、ヘリコプターに違いない。
わたしは、上空を見上げる。
そして、唖然とした。
飛んできたのは、ヘリでなく車だったのだ。
より正確に言えば、スポーツカーのような
砂を巻き上げながら校庭に着地したその不思議な乗り物は、タイヤを
「ハイ、リン」
――やっぱり……。
こんな奇抜な登場をする知り合いは、カイくらいしか思いつかない。
「この、車なのかヘリなのか分かんないやつ、いったい何なのよ?」
突っ込むわたしに、カイはさらっと答える。
「ああ、“
――ひこうしゃ?
そんな言葉聞いたこともない。
「普通の道は車として運転すればいいし、山中や海上は飛べるから合理的なんだ」
「免許とか、ちゃんとあるんでしょうね」
カイはそれには答えず、わたしの顔を覗き込んでくる。
「もしかして、怖い?」
「そ、そんなわけないでしょ。で、でも、墜落とかしないでしょうね」
助手席に乗り込んだわたしは、きつくシートベルトをしながら、カイをジト見した。
カイは鼻で笑う。
「俺がそんなミスすると思う?」とでも言いたげだ。
「
リュックと竹刀を、後部座席に収納しながら、カイが言う。
――あんたをどつくためにね……とはもちろん言えない。
カイは再び校庭中央まで車を走らせると、慣れた手つきでタッチパネルを操る。
ほどなくして、プロペラが回転し始めた。
どうやら
――飛ぶ原理はなんとなく分かる。
……けど、ぶっちゃけ、怖い。
実際に飛んできたところを見てなかったら、飛ぶこと自体が信じられない。
そもそもわたしは、飛行機が怖くて船に乗ってきたのに、何でこんなことになってるんだろう。
だけど、ビビっている姿はカイには死んでも見せたくない。わたしは、シートベルトをぎゅっと握りしめ、奥歯をかみしめる。
やがて機体がふわっと浮く。
「と、飛んだ!」
わたしは、少しうわずった声を上げる。
浮いた機体は徐々に上空へ浮かんでいく。
――あれ?
思いのほか、揺れが少ない。
これなら車酔いもなさそうだ。
そういえば、未来の映画で、空中を飛ぶタクシーが出てきていた気がする。
空なら渋滞もないし、もしかしたら近い未来には、こんな車が飛び回っているかもしれない。
わたしは、次第に小さくなりつつある校舎を見下ろす。
……ん?
一瞬、誰もいないはずの教室の窓が、チカッと光った気がした。
「カイ、この学校って誰かが使ってるの?」
「一応、土地ごと買ったからね」と、さらりと答える。
――廃校とはいえ、学校を買うって、やっぱり住む世界が違いすぎる……。
**********
その後、カイは、上空から、三式島の全貌を紹介してくれた。
三式島は、直径10kmほどの小さな島だ。
島の中央に巨大な火山があり、そのエリアは立ち入り禁止になっている。
話には聞いていたけど、自分の目で吹き出る黒煙を見ると、やはり島は、火山は生きているんだなと実感する。
「サラ。三式島って、今まで何回噴火があったの?」
「記録にあるだけで15回かな。一番古い記録は1029年、ちょうど1000年前だよ」
わたしが知っていたのは、30前ほどの前の噴火だけだ。それすらも、ニュースで見たに過ぎない。
でも、島の人は、かれこれもう千年の長きにわたり、噴火とともに生きてきたことになる。
中心の火山のその周辺は緑で包まれている。豊富な生態系を有する森がある点在しこの島でしか見られないような希少な固有種も住んでいるらしい。
また、湖もあり、そこにはイワナなどの魚や、それを餌とする鳥たちが原生している。
さらに、火山や湖の外周円上に、約10の村が集落的に点在し、野菜を作ったり、漁業を営んだりしている。
つまり、文字通りこの島の中心は、山であり森であり鳥で、人間はその周りで暮らしている。
――万物は、大きなものの一部。
わたしは、ふたたびおじいちゃんの言葉を
そんな思いに
再びあの廃校が視界に入ってきた。
「あそこが、僕たちの研究所だ」
カイが指をさす。その指の先には、さっきの廃校の裏山があった。
「あそこが、僕たちの研究所だ」
カイが指をさすその先には、さっきの廃校の裏山があった。
――⁉
その指の先には、肝心の研究所は見当たらない。
ただ、青々と茂る森が広がるだけだ。
戸惑うわたしの反応を楽しむかのように、カイは言う。
「降りてみれば、分かる」
言うや否や、空飛ぶ車は、その森へと急降下していった。
ジェットコースターで急降下するときの、あのふわっと胃が浮くような感覚。
「ちょ、まっ…」
てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!
悲鳴が森の奥へと吸い込まれていく。
――わ、わたし、無事に帰れるんだろうか?
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