第4章:脳と身体のはざま【2029年8月5日】

第23話:座禅行

本堂うちで合宿したい?もちろん大歓迎よ!」


 山野辺家に相談に来たわたしたちに、夏美さんは即座に賛成してくれた。


「あ、でも私、明後日の朝は、神剣奉納祭しんけんほうのうさいの舞い手の指導に、隣村に行くんだった……」


 10年に一度、8月の終わりに開催されるこの祭事は、鍛治師の一族、山野辺家の当主である夏美さんの大切な責務だ。


 言い伝えによれば、1029年、初めて三式島の火山が噴火したとき、山野辺家の祖先が火の神を鎮めるための儀式を執り行ったことが、神剣奉納祭の源流だという。


 厳密に言えば神剣奉納祭は、寺ではなく神道に近い儀式だけど、人の少ない離島においてはそれらが交じり合う、いわゆる「神仏習合」も珍しくない――。そうサラが解説してくれる。


 「ただ最近は島も少子化でね。”舞い手”の8人を探すのにも一苦労なのよ」

そう、夏美さんが呟く。


「ただ、千年続いてきた儀式を、私の代で途絶えさせるわけにはいかないからね。特に今年は、ちょうど千年目の節目だから、リンちゃんのおじい様もいらっしゃるしね」


「え、おじいちゃんも来るんですか?」

「そう。火龍の舞をお願いするの。わたしが知る限り、最高の舞い手だからね」


 夏美さんは錬司さんに目配せする。

「打合せが終わり次第、顔を出すわ。錬司、それまでみんなの受け入れをお願いできる?」


「ああ、もちろんだよ。昔から禅寺は、外からの来訪者を受け入れてきたからね。リンちゃんの頼みならなおさらだよ」

さすがに二人は懐が広い。


「それにしても……」

 と、錬司さんが目の前で動く猫型アバターダイアナを見て感心したように言う。

「悠馬が言っていた幽霊猫の正体が、まさかリアルアバターだったなんてね」


「”りあるあばたー”って、何?」

美紀ちゃんがきょとんとした顔で訊く。


「簡単に言えば、頭に特別な帽子をかぶって「動け―!」って念じると動かせる、ロボットみたいなものよ」十萌さんが小学生向けにやさしく解説する。


アバターそれって、俺や美紀でも動かせるかな?」

 好奇心で目を輝かせ、悠くんが聞き返す。


「試してみる? 良ければ、合宿のときに、二人用のヘッドセットを持ってくるわ」

 と十萌さんが笑顔で応える。


「え、マジ!? やったー!!」

 悠くんと美紀ちゃんが、十萌さんとハイタッチをする。


 相変わらず、十萌さんのコミュ力は半端ない。

 さすが、カイの下で働き続けられているだけある。


 そんな十萌さんがトイレに行った隙に、わたしは、声を潜めて錬司さんに訊ねる。


「あの、例の危険人物のことですけど……」


 スマホで、夢華、ソジュン、アレク、ミゲールの4人の写真を見せる。

「この中には……いないですよね?」

 

 何だが、チームメートを疑っているようで、後ろめたい気持ちがぬぐえない。


 でも、錬司さんの答えはあっさりとしたものだった。

 「大丈夫。全員違うよ」

 

「サングラスをしてたから、顔や国籍は良く分からなかったけど、僕がすれ違ったのは、ラテン系の女性だったと思う」


 この中で、ラテン系といえばミゲーラとアレクの二人だけだ。

 けど、二人とも、どこをどう見ても女性には見えない。

 

 わたしはほっと胸をなでおろす。

 とりあえずこれで、心置きなく合宿に集中できる。



 2029年8月5日

 

「喝!」

 本堂に、錬司さんの声が響く。

 

 警策けいさくとよばれる座禅用の木製の棒が肩に叩きつけられ、「Ouch!」と、ミゲーラが大げさに叫ぶ。

 

 「ミゲーラ、これで5回目ね」

 と、十萌さんが冷静にメモをしている。


 ミゲーラ、夢華、ソジュ、アレク、そしてわたしとカイは、山野辺家の本堂で、座禅していた。


 その後ろを、錬司さんが歩いていて、集中力が切れたり、姿勢が崩れた人には、容赦なく警策けいさくで肩をはたかれる。

 

 今のところ、ミゲーラ5回、ソジュン4回、アレクとカイが2回ずつ喝を入れられている。わたしと夢華はまだ無事だ。


 それに、普通の座禅とは、明らかに異質の部分があった。


 全員が、脳波計を頭に取り付けていて、それを少し離れた机の上で、十萌さんがモニタリングしている。座禅が脳に与える影響を測定しているためだ。


 十萌さんは、ぶつぶつ言いながら、モニターにかじりついている。


「アルファ波、シータ波はみんな出てる。けど、デルタ波やガンマ波は出ているひととそうでない人がいるのね。面白い、面白いわ……」


 ――らんらんと輝くその目が、ちょっと怖い。

 そう思ってしまった瞬間、 「喝!」が私の背中に飛んだ。


 そんな邪念を錬司さんが見逃すわけはない。


 ふん、という感じで、となりに座る夢華がわたしをチラ見した。


 ぱぁぁん!

 今度は、夢華の背中に警策が飛ぶ。


 夢華が悔しそうな表情を浮かべる。

 ――他人を笑うのも、また邪念なのだろう。


 しばらくして……。

 カーン、カーン、カーンと、鐘を3回鳴った。


 1時間経過の合図だった。

 それを聞いた錬司さんが、「放禅ほうぜん!」と宣言する。


「放禅」とは、座禅の終了を意味する用語だ。

 わたしが立ち上がるのを見て、他のメンバーも次々と足を崩す。


「あ、足メチャ痛い―!動かないー!!!」

ミゲーラがごろんと、横に転がった。


 ダンス好きのミゲーラは、体を動かしていないと落ち着かないらしい。警策で叩かれたのも、彼が一番多かった。


 平静な振りをしているけど、たぶん、アレクも同じだ。

 明らかに足がしびれていて立ち上がれないのが分かる。


 ゲーマーのソジュンは、座り方というよりは、「何もしないでいる状態」が耐えがたいらしい。20分が経過した頃からからそわそわしだして、警策で叩かれる回数が急に増えた。


 一方で夢華は、最後のあの瞬間までは完璧だった。

 まるで存在が朝の空気に溶けていたかのような集中力だ。


 でも、最後の瞬間、わたしを意識しすぎて、心が揺らいだ。

 あの、逆に清々しいまでのわたしへの対抗心は、一体どこから来るんだろう。

 

***********


 座禅を終えたわたしたちは、錬司さんに連れられて、仏様の鎮座する本堂から、畳張りの大広間に移動した。


 法事のときなんかに、親族が集まって食事をしたりする場所だ。


「この窓の装飾……。素晴らしい!」

 火灯窓に触りながら、アレクが興奮気味にいう。


 実は、アレクはかなりの日本好きのようだ。

 建築家ということもあって、特にこうした和建築に興味深々らしい。


 全員がテーブルにつき、お茶とお茶菓子をみんなに出すと、錬司さんがこう切り出した。 


「みなさん、本日はお疲れ様でした。個人差もありましたが、初めてにしては素晴らしかったと思います。さすが、それぞれの分野のプロフェッショナルです」


 本職が先生だけあって、みんなの前では口調もそれっぽい。


「ただ、一つだけアドバイスがあります。普段から、より強く“「フロー」の状態を意識してほしい”ということです」


「フローってどういう状態なんですか?ゾーンとは、また違うんですよね……?」

 見学していたエリーが訊ねる。


 「まず異なるのが、継続時間です。ゾーンは短時間ですが、フローは長時間集中し続けている状態なのが一般的です」


 錬司さんが続ける。


「また、時間の体感速度も異なります。フローのときは時間の動きが早く感じられ、と言われています」


 ――周囲の動きがゆっくりに感じられる?

 それができれば、戦いを圧倒的に優位に進められるはずだ。


 エリーから一本取ったときの感触は、確かにそれに近かった。


 「じゃ、もしゾーンに自由に入れれば、強くなれるってことですか?」

 わたしの問いに、錬司さんが頷く。


 夢華は単刀直入に言う。

「私は誰にも負けたくない。だから教えて、ゾーンへの入り方を」

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