第65話:最終準備

「え!? まさか、あのスカルから宣戦布告を受けたの?」

 ソジュンが、驚愕の声を上げる。


「スカルって、伝説の3人のハッカーの一人の?」


 わたしの問いに、ソジュンは興奮と恐れが混じった表情で答える。

「そうだよ。カイ・ローゼンバーグと、世界で数人のレジェンド級ハッカー。それがスカルだ」


 カイが不愉快そうに言い放つ。

「一対一なら、あんな奴に絶対負けはしない」


「けど、奴らは群れを成して攻撃してくる」

そう言って、アレクはこめかみを指で押さえる。


「そうなんだ。スカルは、他のブラックハッカー連中とのネットワークが強い。彼が立ち上がれば、取り巻きのハッカー連中もこぞって乗ってくるかもしれない」

ソジュンも頷く。


「で、でもアイロニクスにだって、ハッカー対策チームがいるんですよね?それも、めちゃくちゃ優秀な……」

 十萌さんに訊ねる。


「ええ。一企業体としては世界最高のチームと言っていい。もちろん、彼らには24時間体制で防御網を張っていてもらってる」


 でもね、と十萌さんは言う。

「サイバーアタックは、防御する方より、攻撃する方がどうしても有利なの。防御側は広範囲に網を張り巡らせなきゃいけない。けど、攻撃側はその網の裂け目クラックを一点突破すればいいんだから」


「だね。僕だったら、自分たちのカスタマイズAIを踏み台にしてアタックする」

 ソジュンが言い切る。

「40億人のカスタマイズAIをジャックするということは、ハッカーたちのAIさえもその対象になるということだ。彼らが黙ってそれを見ているとも思えないしね」


「さっきソジュンが言っていた、もう一人のレジェンド級ハッカー……。ファントムとか言ったっけ?その人に助けてもらうわけにはいかないの?」


 わたしの思い付きを、ソジュンは言下に否定する。

「まず無理だね。亡霊ファントムという名の通り、いつどこに現れるかは分からないんだ。スカルは徒党を組んで物量で攻めるタイプだけど、ファントムは群れないから。いわば、孤高の存在なんだ」


 ソジュンの瞳には、ある種の畏敬の念が浮かんでいる。

「ある独裁国家のシステムにたった一人で侵入し、指揮系統をズタズタして、虐殺を止めたことだってある。あのハッキング劇は、今でも伝説として語り継がれているくらいだよ」


 話がマニアックな方向に逸れそうになるところを、夢華が一言で引き戻す。

「で、勝てるの?そのスカルとやらに」


 カイをまっすぐに見据える。


 カイの答えに、迷いはなかった。

「ああ。。君たちが山での修行でそうしたように」


 わたしたちは無言で頷く。

 ――カイがそう言うなら、信じるだけだ。


 今までも、それだけの修羅場を共に超えてきたのだから。


 **********


 2029年8月31日 20時30分


「すごいねぇ!」

 白装束に身を包む夏美さんの隣で、美紀ちゃんが感動の声を漏らす。


 ――確かに壮観の一言だった。


 数百年の歴史を持つ報極寺に、ここまで多くのデジタル機器が持ち込まれたのは初めてだろう。わたしたちの火龍の舞を1アングルすらも漏らすまいと、数百台のカメラやマイクが、天井、壁、地面のあらゆるところに設置されている。


 これらの映像や音声をデジタル化した上で、電脳空間上に舞台と、わたしたちの舞が完全再現される。


 衣裳も本格的だ。

 神楽の装束にも似た、白と黒を基調した衣裳に、それぞれ虹を構成する七色が施されている。


 夢華は赤、アレクは橙、ソジュンは黄、ミゲーラは緑、エリーは青、悠くんが藍、そしてわたしが紫。刀の鞘、そして仮面までそれぞれの色で統一する念の入りようだ。


 この仮面を模したVR機器を通して、自動的に脳波が三式島に送られ、山野辺家向こうの本堂でも、アバターが同時に舞を行うという仕組みらしい。


「最終チェックよ。視点を、三式島のアバターに切り変えるので、動作確認をして」

 十萌さんの声と共に、仮面の中の視界が切り替わる。


 山野辺家の寺の本堂に、おじいちゃん用のアバターを中心に、円陣を組む形で、わたし達の7体のアバターが鎮座している。


 わたし達はフローを経てゾーンに入り、脳波でアバターを操作してみる。


 脳波伝達率が100%に近づいたわたし達にとっては、アバターはほとんど身体の一部のような操作が可能になっている。報極寺鎌倉にいるわたし達と寸分も狂いもなく、三式島のアバターもまた、飛んだり跳ねたりしている。


 わたしは隣で奮闘する悠くんに目をやる。

 当初は苦戦していた悠くんも、かなりサマになってきた。


 脳波伝達率ではまだわたし達に劣っているけれど、何より彼には美紀ちゃんが付いている。双子の”脳波共振”を利用して、伝達率不足をカバーしている形だ。


 夏美さんが全員に声をかける。

「本当にありがとう。噴火の中、みんながいなければ、千年目の神剣奉納祭を迎えることはできなかった。だから、あとはそれぞれが力を尽くしてもらえれば、何も望むことはないわ」


 誰から始めるともなく、わたしたち7名は、神剣を交差させる。

 刀と刀が重なり合い、“キンッ”という金属音が響く。


「何だか三銃士みたいね」

 エリーが笑う。


「さしずめ、七銃士だね。だいぶ、多国籍のね」

 ミゲーラも乗ってくる。

   

 昔、”なつかしのアニメ特集”で見た『アニメ三銃士』で、仲間が剣を重ねるシーンを思い出す。

 "One for all, All for one(一人はみんなのために、みんなは一人のために)"というセリフは、今この状況にこそぴったりな気がする。

 

 ――やれることは、全てやった。


 本番まで、残りあと15分。

 40億人が、広大な電脳空間で待っている。

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