第22話: お披露目

 2029年7月30日

 

わたしたちは、薄闇の中、十萌さんの後ろを歩いていた。

完成した「リアルアバター」は、どうやら研究所の地下に格納されているらしい。


「それにしても……。研究所の地下がこんな風になっているなんて、全っ然知りませんでした」


 ゲームの中の闘技場が、地下に原寸大で完全再現されていたのだ。

 ここで、脳波操作によるリアルアバター同士の実戦を行うという。


 ふふふ、と、前を歩く十萌さんは笑う。

「ようやくお披露目できてうれしいわ。この時をずっと待っていたんですもの」


 そう言って、奥の扉のパスワードを入力する。


 ずずぅぅぅぅぅん。

 地下の空洞に重い開閉音が響き、扉が開く。


「おお!」

 わたしたちは口々に感嘆の声を上げる。


 夢華、ソジュン、ミゲーラ、アレク、エリ―、そしてわたし。

 順番に並ぶ、六体の等身大のリアルアバターがスポットライトを浴びて輝いている。


 傍に寄って見ると、まるで自分自身の双子と対面しているかのような、不思議な感覚になる。


 十萌さんはまるで我が子のように、愛おしげに紹介する。

「全てのリアルアバターは、ゲームアバターみたいに、いまの貴方達の身体を3Dスキャンして、等身大で再現しているわ。日本のフィギュアメーカーにも設計を協力してもらってね」


 ソジュンが興奮している。

「すっげー、さすが日本のフィギュア技術!」


 「もちろん、材質は特殊な硬質プラスティックだから、フィギュアと違って、ちょっとはそっとでは壊れない。もともと、特殊な環境下でのミッションを想定しているからね」


 柔らかそうに見える髪もよく見ると、強靭なファイバーで出来ているようだ。


「もうすでにみんなの声紋と脳波を登録してあるわ。だから、自分のアバターを動かせるのは貴方達自身だけ」


 そして、その奥にもう一体。


 明らかに異質なアバターがあった。

 まず、サイズが大きい。全長5mくらいだろうか。少なくても、他のアバターの3倍ほどはある。


 他と同じく人型ではあるものの、これだけ大きいと人間というよりはロボット感が強い。いくつかの名作ロボットアニメがわたしの脳裏をよぎって、胸にワクワク感が湧き上がってくる。


 「でも、これって、誰が操作するんですか?確か、アバターが大きければ大きいほど操作が難しいんですよね」 


「そうね、今まで、誰も動かせた人はいないわ。でも、だからこその悲願なの」

 十萌さんが信念を込めた口調で言う。


「もし、自分より大きいアバターを動かせるようになれば、それこそ開発の可能性は無限に広がるわ。それこそ、宇宙や深海なんかでね」


「だから頑張ってね、リンちゃん」

 十萌さんは、私の肩を叩く。


 ――そういわれても、正直、困る。

 だって、等身大のアバターを動かせるかさえ、怪しいんだから。


 そして、そのことがどれだけ大変かを実感するのに、30分もかからなかった。


 **********


 わたしたちは、専用のVRフェイスマスクを装着する。視点が、地下の闘技場に立たされたリアルアバター目線に切り替わった。


 ここまでは良かったんだけど、その後、全く進まなくなった。

 リアルアバターが、驚くほど動かないのだ。


 1時間ほど挑戦した挙句、わたしがようやくできたのは、手を握ったり閉じたりすることだけだった。


 他のみんなも軒並み苦戦している。

 ソジュンとミゲーラは指一本動かせる程度、アレクもわたしと同じレベルだ。


 ゲームでの成績が圧倒的の良かった夢華でさえも、ようやく両腕が動かせるくらいで、自分の足で歩くことはできていない。


 唯一の例外がエリーだった。

 三年前から実験に参加し、メンバー最古参であるエリーは、既に猫型アバターを自在に動かせている。


 そのアバターが人型に変わって、始めはちょっとだけ戸惑ったようだけど、しばらくしてそれも慣れたらしい。30分もすると、歩くだけでなく、ジャンプまでし始めた。


 負けず嫌いの夢華はかなり悔しそうだ。


 わたしは素直に、「羨ましい」と思う。


 けどこれも、三年間、エリ―が血を吐くようにして努力してきた結果なんだ。

 甘えてちゃだめだと、と自分に言い聞かせる。


「はい、今日はここまで」

 十萌さんがそういったころ、私達は疲労困憊の極に達していた。


 集中力は途切れ、実際に体自体はさほど動かしていないにもかかわらず、節々の筋肉が痛む。


 エリーでさえも、猫の数倍のサイズのアバターを動かし続けたたことで、消耗している様子が見て取れる。


「ゲームと比べて、リアルアバターを動かすのはだいたい10倍の精神力が必要だからね」

 いまさらながらに十萌さんが言ったことを思い出す。


 自分たちの甘さに気づかされたわたしたちは、スタッフに支えられるようにして、それぞれの部屋に戻っていった。


 部屋にはお風呂はない。

 こんなとこは、欧米仕様にしなくていいのに。


 シャワーを浴び、ベッドに倒れかかる。


 あー、お風呂はいりたい!

 そんなことを思いながら、すぐに眠りに落ちた。


 二日目になっても、三日目が過ぎても、ほとんど進歩は見られなかった。日に日に疲労は蓄積していく。


 そして4日目。

 わたしたちは、必死の形相でエリーを囲んでいた。


 脳波の伝達率は、エリーを除けば、最高の夢華でも9%、他のわたしたちにいったっては2〜5%しかない。


 これはつまり、本来の身体で出来る動きが、アバターでは5%しかできないことを意味する。これでは実用化には程遠い。

 

 一方で、エリーはコンスタントに20%以上をたたき出し、一瞬30%に到達したほどだ。


 そこで、少しでもヒントを得ようと、エリ―が初めて猫型アバターを動かせるようになったときの話を聞くことにしたのだ。


「三年前のことなんで、ちゃんとは思い出せないんだけど……。」

 とエリーは言う。


「動かそうとずっと意識していたときは、むしろ全然動かなかったの。それこそ、始めの2~3日くらいは、腕一本動かすのが精いっぱいだったわ」

 まさに、今のわたしたちの状況だ。


「訓練を始めて一週間くらいたったことだったかな。極限までの集中したはずなのにやっぱりアバターは動かなくて、疲労のあまり意識が朦朧としてきてたの」


 ――ますます他人事ではない。


「ただ、その時ふと、一羽の蝶々が目の前を飛んできたの。猫の顔に蝶々がとまったので、反射的にそれをつかもうとした」


「え、猫の手で?」

 思わずソジュンが笑う。


「そう、猫の手なのに」

 エリ―も微笑む。


「もちろん、ダイアナには人間のような指がないから、蝶々はつかめなかった。でも、その瞬間、おどろくほどスムーズに手が動いていたの。ほとんど、自分の手のように」


「それって、反射ってこと?」

 夢華が尋ねる。


「そう、だと思う。動かそうと意識しないことが、実は動かすコツだったっていうか」


 伝わってるかな…と、エリ―は私の顔を見る。

 私の中で、何かがひらめいた


 そういう状態を、わたしは経験している。それもここ最近2回も。


「ゾーン、ってやつじゃない?」

 わたしは錬司さんの言葉を借りる。


「なるほど」

 とアレクは考え込む。


「たしかに、アーチェリーの試合のとき、ゾーンと言われる境地に至ったときがあった。弓と体が一体化する感覚というか」


「僕も、自然と指がコントローラーを動しているときがある」

 ソジュンも続く。


「俺も、本当にいいリズムにのっているとき、バイブスの波と一体化していると感じるときはあるね」

 とミゲーラ。


「わたしも、雑技団で、失敗すると死ぬような高難度の技を、ほとんど無意識でこなしていたことがあるわ。ただ、問題は、無意識だからこそ、どうやって再現すればいいのかが分からないのよね」

 と夢華も続いた。


 ――たしかに。

 とみな口々に同調する。

 

 わたし自身もそうだ。今まで、二回しかその境地に至れていない。


 そこでわたしは、こう切り出してみる。


「もしよかったらだけど……。このゾーンについて教えてくれた、この島の禅寺の住職さんのところに、話を聞きに行ってみない?山野辺さんっていうんだけど」


 みんなの顔を見渡すと、賛同の表情を浮かべている。

 期待している、というより、何でもいいから突破口が欲しい、といった感じだ。


「それはいいわね!」

 後ろから十萌さんが突然現れる。

 スピーカーからわたしたちの会話を聞いていたらしい。


「みんな、疲労も蓄積してることだし、明日から2日間、オフにするわ。海水浴なんかも兼ねて、みんなで行ってらっしゃい」


「は? ちょっと、そんなの聞いてな……」

 カイが口を挟もうとして、わたしがじろっと睨み、まくし立てる。


「だいたいね、わたしたち、二週間くらい、ぶっ続けであんたんとこバイトしてんのよ!こんなの立派なブラック企業じゃない」


「……え、2週間連続くらい当り前じゃない?」


「あのね、日本には労働基準法ってもんがあんのよ!日本に来たならそれくらい守りなさいよ。第一、こんなに疲れてたら、あんたの好きな合理性だの、効率性だのだって下がるに決まってるじゃない」


「あ、ああ」

 珍しく戸惑っているカイの姿を、みんなが新鮮そうに見つめている。


「ともかく、わたしは海で泳いで、おっきなお風呂に入りたいの!夏休みなんだから」


 わたしは、ばあぁん、と机を叩いた。

 山野辺家での夏合宿が決まった瞬間だった。



 **********



 わたしは部屋に戻りシャワーを浴び、そしてベッドに倒れこんだ。

 疲労はほとんど限界に達していて、頭がぐわんぐわんしている。


 わたしは、ずっと抱いていた疑念に、回らない頭を巡らせる。

 ――もしわたしたちの内部に、練司さんのいう危険人物が潜んでいたら?


 ただ、わたしはどうしてもそうは思えなかった。

 ときどき当たりがキツイこともあるけど、少なくても悪人は一人もいない気がする。


 そのとき、ふいに揺れを感じた。


 ――ん? 地震!?


 数秒間、揺れは続き、そしてそれは徐々におさまっていった――。

 ……気がする。


 なんせ、さっきから、ひどい眩暈がする。

 もしかして、揺れているのは、地面ではなく、わたし自身の方かもしれない。

  

 ――まあ、色々悩んでいてもしょうがない。

 このメンバーの中に、危険人物がいるなら、錬司さんと直接会わせれば分かるはずだ。


 こうなったら、出たとこ勝負だ。

 そう心に決めて、わたしはベッドに倒れ込んだ。


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