第53話:要衝

「さっぱり分からん!」

 おじいちゃんの、身もふたもない返答に、わたしたちは全員肩透かしを食う。


 わたしは、ダメ元で訊いてみる。

「その、相手と一体化する方法って、分かる?」


「特別なことはなんもしとらん。普段と変わらんよ」

 予想通りの答えが返ってくる。


 そして、こう続けた。

「人も動物も鳥も木も、生きとし生けるものは全て、それぞれに波を発している。それに、自分の波を合わせればいいだけじゃ」


 わたしたちは思わず顔を見合わせた。

「波? それって、つまり脳波ってこと?」


 ――いや、動物や鳥はともかく、脳を持たない樹木が、脳波は発しているはずがない。


 エリーが、みんなの疑問を代表して訊ねる。

「動物や鳥までは分かったんですけど、木にもその"波"っていうのがあるんですか?」


「当然じゃろ。森羅万象、波のないものなどない」


 ますます混乱してくる。


「そうか、電磁波ね」

 十萌さんが、思いついたように言う。


「それって、電子レンジとかから発せられる波のこと?」

 ソジュンが訊く。


「そう、それも電磁波の一つではあるわ。ただそもそも、あらゆる物質は、電磁波を発しているの」


「え、植物も?」

 ――にわかには信じられない。


「ええ。例えば植物は、光合成の過程や、外部から刺激を受けた際に、電磁波や電気信号を発しているの」


それは初耳だ。


「つまり、おじいちゃんは、その電磁波とやらを感じ取っているってことですか?」

「恐らくはね。特別な機器もなしに、何でそんなことができるのかは、さっぱり分からないんだけど」


 ―――わたしも、80歳まで修行を続ければ、その境地に至れるのだろうか。


 わたしは慌てて頭を振る。


 そんな悠長なことは言ってられない。

 何しろ、タイムリミットまで後一カ月足らずだ。


「どうやったら、その波が見られるようになるの?」

 わたしはおじいちゃんに聞く。


「山にもったらええ。飢えた状態でもれば、おのずと周囲の波に敏感になる」


 小学生の時の記憶が蘇ったのだろう。

「まあ、熊と戦うのはなかなかしんどいがな……」


 そういって、おじいちゃんは、短髪の後頭部をさすった。

 そこには、3本の古傷が生々しく残っている。


 これがお父さんが言っていた、熊から、となりの女の子を救ったときの名誉の負傷なんだろう。


「もう。あのとき、本当に心配したんですからね」

 見学していたおばあちゃんが、そう言って、そっとおじいちゃんのそばに寄ってくる。


 ――え?

 その”となりの女の子”って、もしかして、おばあちゃんのこと?


「まあ、今もずっと心配しっぱなしですけど……」

 そう言って、おじいちゃんの古傷を優しく撫でる。


 70年以上前から、二人は助け合って生きてきたんだ。

 そう考えると、なんだか、キュンとする。


 そんなやりとりを見ていた、十萌さんがつぶやく。

「もしかしたら、おじい様にその波が見えるのは、脳機能の一部が、熊の一撃によって変化したからもしれないわね」


 ――それなら、ますます再現性がない。

 まさかおじいちゃんのように、山に籠って熊と戦うわけにもいかない。


 そんなわたしの心を見透かすかのように、住職さんが声をかけてくる。

「ここで、山籠もりをされますか?」


「え?ここって、この鎌倉で?」

 わたしは聞き直す。


 住職さんは相変わらず、穏やかな笑みを崩さない。

「約800年前、源頼朝公が、この鎌倉に幕府を建てられた理由をご存じでしょうか?」


 歴史好きのアレクが、思わず手を打った。

「そうか、山か!」


 住職が頷く。

「はい。ここが、三方、山に囲まれた、天然の要衝だからです」


「だけど、山に籠ったしても、熊みたいのと命がけで戦わなきゃ意味がないんじゃ……」


 そう言いかけて、わたしは気づく。

 目の前に、熊よりも強い存在がいる。


「おじいちゃん、一生のお願い!」

 今まで人生で何度言ったか分からないセリフを、もう一度吐く。


「わたしたちに山で稽古をつけて」


 さっきの完敗がよっぽど悔しかったんだろう。

「ぜひ、お願いします」

 夢華も珍しく懇願する。


  ソジュン、アレク、ミゲーラ、そしてエリーも、口々に頼み込む。


  おじいちゃんは、おばあちゃんのことを見て、ただ一言こう問うた。

「ええかの?」

 

  おばあちゃんは、一瞬だけ迷ったそぶりを見せた。やがて、折れたように頷く。

「ええ」


「まあ、の頼みとあれば、しゃあないしな」

 そう言って、わたしと夢華を交互に見やる。


 ――え?


「もしかして、私たちの出生の秘密実の姉妹だってこと、聞いてたの?」


 おじいちゃんは首を振る。

「波をみれば分かる。二人の波はよう似とるからな」


 そして、こう続けた。

「勇敢だったふたりの母親玲さんともそっくりだ。だから、二人はきっと強うなる」

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