第8章:3つの戦場

第63話:標的

  2029年8月16日


「テロリストたちが狙っているらしい」


 山籠もりで疲労困憊し、泥のように眠った翌朝。

 久しぶりに姿を現した創さんから伝えられたのは、やたらと物騒なニュースだった。


「心当たりは?」

 夢華が訊く。


「この脳波技術を、独占しようとする人たちは世界中にいる。ただ、この研究が日本政府の庇護下にある以上、各国政府は公には手出しできないはずだ。少なくても8月31日リミットまでは」

 と、カイが答える。


「それでも、どこにも所属していない組織、つまりテロリストたちの動きは止めることはできない……というわけか。その情報の出所ソースと精度は?」


 アレクの目が鋭くなる。


「内閣情報調ないちょう査室経由だ。少なくても、計画が画策されているのはほぼ間違いないだろう」

 創さんが答える。


 ――ないちょう?


 そう小声で訊ねるわたしに、サラがすぐに教えてくれる。

「内閣情報調査室の略で、国内外の情報を調査する機関だよ。簡単に言えば、日本のCIAみたいなものかな」


「なるほど、問題は3つのうちのどこを標的としているのか……というところだな」

 アレクは思案気にあごひげを撫でる。


 話についていけなくなりそうなわたしに、今度は十萌さんが耳打ちしてくれる。


「今回、この報極寺での神剣奉納祭本番だけじゃなくて、三式島でアバターでの儀式を連動させ、更にそれをバーチャル空間で40億人にライブする手筈になっているでしょ。だから、鎌倉、三式島、そしてバーチャル空間の3つのどこが、テロの標的になっているのか、ってこと」


 創さんは言う。

「報極寺のわたしたちの身の安全は、首相が確約してくれている。三式島についても、噴火で全島避難命令が出されている以上、新たに入島することは難しいはずだ。となると……」


「ああ、現時点では、バーチャル空間へのサイバー攻撃が本命だと思う」

 カイが相槌を打つ。


「でも、このプロジェクトって極秘なんでしょ? どこから情報が漏れたの?」


「情報というのは、隠しすぎても逆に不自然になる」

 カイを言葉を重ねる。


「だから、8月31日、神剣奉納祭を鎌倉で開くこと自体は、一般にも公開している。一方で、三式島での同時開催はごく限られた人だけしか知らない。ましてや『40億人のカスタマイズAIをジャックし、脳波情報を白日の下に晒す』というミッションは、秘中の秘だ」


 ――でも、とソジュンは言う。

「それだけの人数を同時接続どうせつするには、相当な数の通信衛星とサーバーが必要となるはず。なら、さすがに他のIT企業との連携が必要でしょ。そこから漏れている線は?」


 すっかり忘れていたけど、ソジュンはオンラインゲームの世界チャンピオンだった。この分野は、彼の得意領域なのだろう。


 カイは頷く。

「ああ。表向きは”アイロニクスの最新AIサービスの発表会”という理由で統一している。ただ、いかんせん規模が大きすぎる。そこから、何かを察した奴らがいてもおかしくはない」


 ソジュンが続ける。

「もちろん、アイロニクスの対策チームが超一流なのは分かっている。僕も、以前ハッキングしようとしたき、何重もの防壁に跳ね返されたからね」


 ――ん?

 皆一瞬、「あれ、それって言っていいことなの?」という視線を、ソジュンに向ける。

 ただ、当のソジュンは気にするそぶりさえ見せずに、話を続ける。


「でも、今回は、40億人のAIをジャックする以上、多くのハッカーのプライドを刺激することになる。もし、ワールドクラスのハッカーが集結してサイバーアタックに加わった場合、いかにアイロニクスと言えど、守り切れるかどうか……」


 たしかに、いかにAI業界の巨人・アイロニクスといえど、一企業体に過ぎない。

 それが、群れを成した、世界のハッカー軍団に対抗できるんだろうか?


 そんなわたし達の不安を振り切るように、カイが断言する。

「もちろん、出来る限りの事前対策はするさ。それに……、


「だから、みんなは二週間後の火龍の舞、そしてアバター操作に集中してほしい」

 そう話すカイの横顔が、どこか愁いを帯びているように見えるのは、気のせいだろうか。


「りんちゃーん!みんなぁー!」

 そのとき、本堂の入口の方から覚えのある声が聞こえてきた。


 4人の人影が、こちらに向かって近づいてくる。

 夏美さん、悠くん、美紀ちゃん、そしてあれは……。


 エリーだった。

 強化服パワードスーツをまとい、で私たちのもとに走ってくる。


「エリー、歩けるようになったんだ……」

 わたしは、思わず感極まりそうになる。


 10年前、暴漢に襲われ脊椎を完全損傷したエリー。

 折れそうな心を必死で支えながらリハビリを続けてきたにもかかわらず、それでも立つことはかなわなかった。


 そんなエリーが、今、わたしの目の前で、自分の意思で歩いてきている。


「リンちゃん、お待たせ」

 そう言って、私の前に立ったエリーがぎゅっとわたしのことを抱きしめる。


「身長、もう同じくらいになってたんだね」

 最後にこうして目線を合わせたのは、彼女が小学1年生のころだ。


 その後の彼女が過ごした日々を思い、わたしの目から、思わず涙がこぼれそうになる。


 他のメンバーも、次々に祝福の声をかける。


 手足が自由に動くわたし達でさえ、思わず弱音を吐きそうになった脳波修行だ。

 それを、誰よりも長く続けてきたという事実に、誰しもが敬意の念を抱いているのだろう。


「さあ、これで、役者キャストは全員揃ったわね」

 十萌さんが、気を引き締めるように言う。


神剣奉納祭最後の日に向かって、全力で走り抜けるわよ」

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