第17話:プレイヤーたち1
2029年7月23日
「すごい、めっちゃ似てる!」
わたしは、自分のゲームキャラを見て、柄にもなく興奮してしまった。
「でしょ!うちのゲーム担当が、徹夜で頑張ったんだから。特に剣道着の袴が揺れるようにするの、大変だったのよ。カイさんが何度もダメ出しして」
十萌さんが誇らしげに解説する。
……いや、そこってこだわるところなのか、と思いつつ敢えて口にはしない。
「でも、ちょっと、顔、盛ってません?わたしこんなに可愛くないし」
十萌さんはいきなり私をじっと見る。
そして、いきなりわたしのことをぎゅっと抱きしめた。
――え、ちょ、ちょっと。
「可愛いわよ。リンちゃんは。今度、メイクとか教えてあげるね」
わたしは、ちょっとドギマギする
「い、いいですよ。そんなの、汗ですぐ落ちちゃうし」
十萌さんは、わたしからすこし体を離すと、今度は私の身体をぺたぺた触り始める。お腹から始まり、お尻や太ももまで……。
「ちょ、な、何するんですか⁉」
さすがに抗議する。
「……すごいわ」
十萌さんは、ちょっと興奮したような口調でいう。
カイは、隣で笑いをこらえている。
「カ、カイ!あんたまで何見ているのよ。止めなさいよ!ど、どつくわよ」
一通り触り終えたのか、ようやく十萌さんはわたしを解放してくれた。
これがカイだったら、百発は殴っているところだ。
「やっぱり、すっごいいい筋肉してるわね。体幹もいいし。脳波の送り方にさえ慣れれば、きっと強いプレーヤーになるわ」
興奮した口調。
――あ、筋肉を確認していたのか……。
リケジョ、恐るべし。
**********
「リンちゃん、ちょっと竹刀振ってみて」
十萌さんが、ヘッドセットを接続した私に言う。
わたしは、思わず、中断の構えを取ろうと立ち上がる。
……が、すぐに自分が椅子に座っていたことに気づく。
VRヘッドセットから見る、360度の映像はどこまでもリアルだ。
目の前に広がる15メートル四方の闘技場に、思わず自分自身が立っているように勘違いしてしまう。
「繰り返しになるけど、このゲーム、
そうはいっても、15年もやっている剣道だ。
自然と体が動いてしまう。
そんな風にわたしは、前後の動きや、剣技の練習を繰り返す。
――ようやく、要領が分かってきた。
格ゲーと言われていたので、なんとなく「ストリートファイター」のような前後にしか進まない2Dゲームを想像していた。でも、このゲームは、現実世界のように、前後左右、そして上のどちらにでも進むことができる。
いわば「鉄拳」や「バーチャファイター」といった3D格闘ゲームを、極限までリアルにした感じだ。
ただ、かつてわたしがやっていた3D格闘ゲームと違うのが、闘技場の周りは、壁で囲まれていて、場外がないことだ。
つまり、どんなに攻め込まれても、そのまま場外に落とされて負け、というパターンはない。
「紹介するよ」
突然、カイは声をかけてきた。
振り返ると、背後には複数の人影が見える。
「彼らが、研究所でトップ5のプレーヤーだ」
一見して、国籍も年齢も異なっている。
――え、英語、大丈夫かな。
わたしは反射的に身構える。
去年カイと会った後、わたしなりに英語を勉強していた――。
このバイトのこともあったけど、何より、スタバであの南米美女に英語で何も言い返せなかった自分にムカついたからだ。
……とはいえ、英語のアニメや映画をひたすら見まくってきただけなので、それほど自信があるわけじゃないけど。
「サラ、もし分かんないところがあったら、サポートよろしくね」
と頼んでおく。
「にゃ!任せて」とサラが頼もしく答えてくれる。
まず前に出てきたのは、小麦色の肌に、カラフルなヘアビーズが印象的なドレッドヘアの男性だった。わたしより一回り大きいので、175cmくらいだろうか。南米系特有のつぶらに輝く瞳が印象的だ。
首にかかっているヘッドフォンからは、やたらとノリの良い音楽が音漏れしてきた。
――レゲエのリズム?
「ブラジルからきた、ミゲーラ。レゲエのミュージシャンやってる。ヨロしくね」
かなり強めのアクセントだけど、確かに日本語だった。
「え、日本語しゃべれるの?」
「おばあちゃん、日系移民。わたしも日本語、チョっとできる。書けないけどね」
そういってウィンクしてくる。
なんとなく、仲良くなれそうな雰囲気でほっとする。
二人目は、艶めく長髪を、
きりっとした眉と、強い意思を感じさせる瞳に、思わず
現代風に動きやすくアレンジされた紫の中華ドレスのスリットからは、しなやかなだけどバランスの良い筋肉の太ももが見える。動きも滑らかで無駄がない。多分、何かのスポーツをやっているんだろう。
「な、Nice to meet you」
頑張って英語であいさつしようとする私に、彼女は、言葉を重ねてきた。
「你好,我是从大陆来的李梦华」
というか、せっかく英語を頑張ったのに、中国語で言われては意味がない。
「サラ、ごめん訳して」
万能通訳のサラが、彼女といくつか言葉を交わした上で、通訳してくれる。
「中国からきた、リ・モンファさん。モンファは、「夢」と中華の「華」って書くみたいだから、日本語読みだと
夢華が、無言で手を差し伸べてくる。
その手を握り返すと、その優雅な立ち振る舞いと異なり、手のひらは意外なほどに固い。
――これは、何度もマメがつぶれ、それでも何かを握り続けて、やがて硬化した手のひらだ。私自身そうだから良く分かる。
スポーツかと思ったけど、もしかして格闘技なのかもしれない。
だとすると、かなりのレベルなはずだ。
彼女はまっすぐ私の目を見ていった。その瞳に吸い込まれそうになる。
「终于见到你了」
サラが続けて訳す。
「「ようやく会えたわ」って言ってるけど……」
――?
どう考えても、初対面なはずだ。
記憶力には自信はないけど、こんな美女にあったことがあれば、さすがに覚えているはずだ。
夢華の深い瞳の奥で、感情の炎がかすかに揺らめいた気がした。
怒りのような、喜びのような、すごく複雑な感情の光。
少なくても、全くの初対面の相手から向けられる視線じゃない気がする。
戸惑うわたしの手を握る力が一瞬、痛いほど強まった。
やがて手を離した夢華は、明瞭な日本語でこう囁いた。
「あなた、中国語も話せないのね」
――ん!?
やっぱり、人違いじゃないだろうか。中国語を話せる誰かとの。
私の混乱が加速する。
――いや、もう一つ可能性がある。
カイが、夢華にわたしの変な話を吹き込んでいるのかもしれない。
わたしは、カイの方をにらむ。
相変わらず、すっとぼけたポーカーフェースだ。
肝心なことを、最後の最後まで明かさない性格は、昔から変わらない。
――絶対、後で問い詰めてやる。
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