第18話:プレーヤーたち2

3人目に紹介されたプレーヤーは、明らかに最年少だった。

少年の面影を残すその風貌から見て、たぶん中学生くらいだろう。


「韓国のキム・ソジュン。ゲームでは、絶対に負けないから」

眼鏡の下の知的な瞳が、対抗心で燃えている。


 ――その名前に、聞き覚えがあった。


 若干13歳にしてワールドチャンピオンに輝き、一躍世界に名を轟かせた天才少年

ゲーマー。……だとすれば、相当強敵だ。


 ――それにしても、夢華もソジュンも、初対面なのにやたらと私を敵視してくるのは、どうしてなんだろう。


 4人目は、カイと同じくらいの長身で、やたらの彫りの深い男性だった。


 年齢は三十代半ばだろうか。

 整えられた顎髭あごひげに、日焼けした肌。


 日本人はなかなか着れないタイプのカラフルなYシャツからは、胸元が微妙にはだけている。


 いかにも遊び人プレイボーイって感じだ。

 

 ……いや、だけど、人を見かけで判断するのは良くないし。


 そんなわたしの葛藤をよそに、彼はごく自然な動作で私の手を取ると、その甲にキスをしてきた。


 ――!!!

 

 いや、見た目そのまんまじゃん。

 心の中で突っ込みながら、慌てて手を引っ込める。


 自己紹介も全く聞き取れなかった。けど、セニョリータが何とかと、言っていた気がする。


 サラが翻訳してくれる。

「彼はアレクサンドロ・カサノヴァ。アレクって呼んで、だって。スペイン出身の建築家みたい」


 ……あと、とサラはちょっと戸惑った感じで言う。

「なんか、リンちゃんのこと気に入ったので、連絡先交換したいらしいんだけど…、どうする?」


「け、け、け、結構です」

 わたしは焦り、鶏みたいな返事になる。


 こんな人、今まで周りにいなかった。

 異性との身体接触は、ほとんど剣道を通してだけだったから。

 

「大丈夫、リンちゃん?」

 心配そうに、でもちょっとだけ楽しそうな表情で、エリ―が車いすで寄ってくる。


「スペインの方では当たり前の挨拶の仕方らしいんだけど、日本だとちょっと馴染みがないよね」

 ……と天使のように微笑みかけてくれる。


 何かやたらとキャラが濃い人たちが連続で登場したので、エリ―の普通さにほっとする。


「あ、そういえば、昨日VRのヘッドセットを使っているとき、やたら長い名前を呟いてけど、あれってエリーの本名なの?」

 

 長い知り合いなのに、本名さえ知らなかったなんて、不覚だ。


「うん。長くて不便だから、使ってないけどね。Eleanorエレノア Elizabethエリザベス Cliffordクリフォードっていうのがわたしの本名」


「へー、なんか貴族っぽい感じの名前だね」

 何とはなしに言うと、エリ―が少し複雑そうな表情をする。


 ――ん?

「恥ずかしくて、みんなには言ってないんだけど……。実は、そうなの」


 サラが補足する。

「エリーの母親の家は、1000年近く続く、イギリスの名家の血筋なんだよ」


 ――え?

「そ、そうだったの? も、もしかして、エレノア様とか呼ばないとまずい感じ?」

「もう、そういうリアクションされるから、言いたくなかったのにぃ」


 エリ―はちょっとむくれる。

 そんな彼女もやっぱり可愛い。


「とにかく、呼び名はエリ―でいいから。お願いだから、今まで通り、道場の後輩として接してね」


 そうだ。彼女が望むのは、まさに、「普通にひとと接する」ことなんだ。


「うん、わかった。でもここではエリーの方が先輩なんだから、色々教えてね」

 ――もちろん、と彼女も頷く。


「さて、自己紹介も終わったところで、早速始めようか」

 カイが口を開いた。


「事前に伝えていた通り、リンには、今日からこの実験に参加してもらう」


 場がすこしざわっとした。

 何人かの瞳に、反発の色が見てとれる。


 他のみんなの気持ちを代弁するかのようにソジュンが口を開いた。


「僕たちは、多くのバトルを勝ち抜いて、ようやく5人まで選ばれたんだ。なのに、急に友達だからって、新しい人を加えるなんて納得いかない」


「ま、私は、リンちゃんみたいな可愛い子は歓迎だけどね」

 とアレクが茶化す。


「あなたは黙っていて」

 さっき一番の敵愾心を感じた、夢華が口を開く。


 当然反対されるのかと思いきや、

「わたしはいいと思うわ。ってみれば、実力なんて分かるんだし。力がなければ、去ればいいだけ」

 と言い放つ。


 ――すごい自信だ。


 ミゲールも同調した。

「僕たちも、実力でエラばれた。だから、入るタイミングは関係ないでしょ。まずは、対戦してみようよ」

 

 エリ―は、わたしの近くまで車いすを寄せ、きっぱりと言った。

「わたしは、リンちゃんのこと信じている。だって、私のヒーローだもの」


 誰よりも長くこのゲームに携わっている、最古参のエリーのいうことには重みがあるようだった。他のみんなも、一応は納得したようだ。


――さっきからの微妙な雰囲気は、ライバル心だったのか。


 カイが何事もなかったかのように、

「じゃ、大体自己紹介も終わったようだし、早速はじめようか」

 と言って、みんなを見渡す。


「まず、今日から一週間、この6人のプレーヤーで、Brain Wave Battleブレインウェーブバトルを、ひたすら対戦プレーしてほしい。そして、俺や十萌さんの開発チームは、その脳波ベースに、一人ひとりのリアルアバターのチューニングを行う」


 十萌さんもフォローする。


「繰り返しになるけど、リアルアバターを動かすには、ゲームのキャラを動かすのより10倍の「脳波の強さ」つまり、意思の力が求められるの」


ゲームアバターも動かしていないわたしには、まだその意味が分からない。

ただ、相当の難しさなんだろう。


「だから、ゲームアバターを、目をつぶってでも動かせるようにならないと、リアルアバターは動かせもしないわ。本気でやってね」


 わたしは、後ろのみんなの表情をチラ見する。

それぞれの目に、何かしらの覚悟のようなものが宿っているように見えた。


 それぞれが、何かを背負っている。

 それは、個人の矜持か。あるいは国を背負うプライドなのか。


 国なんて背負ったこともない、わたしには分からない。

 

 ただ、こう心に決めている。

 わたしは、わたしを信じてくれる人エリーのために、全身全霊を尽くすだけだ。

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