第19話 : 対戦
青白い火花が散るような、ピリピリした空気の中で、
5人の専門スキルや特技は、ゲームを始めるとすぐに分かった。
わたしの特技が剣道であるのと同様に、それぞれの特徴がアバターにもろに反映されていたからだ。
ブラジル出身で、レゲエミュージシャンのミゲーラは、カポエイラという格闘技のエキスパートだ。
カポエイラの始まりは、奴隷たちが、看守の目を欺くため、ダンスに興じていると見せかけて格闘技の練習をしていたことだという。
そのムチのようにしなる肢体と不思議なリズムから繰り出される蹴りは、軌道が読みづらく、射程範囲が長い。
独特のリズムに苦しみつつも、次第に戦い方に慣れてきた私は、竹刀で間合いを制御する戦法に切り替えた。いくらミゲーラの足が長いとはいえ、竹刀の射程を超えられるはずはない。
そう油断していたわたしを襲ったのは、ミゲーラのキャラの靴先に仕込まれた短剣だった。突如伸びた間合いにとっさには対応しきれず、瞬時に首を後ろに反らして交わしたものの、首筋にナイフの切っ先がかすった。
致命傷ではないものの、血が首からこぼれだしていく。
VRゲームとは思えないリアルさに、汗が噴き出す。
心拍数と鼓動が上がり、次第に体の動きが鈍くなっていくのを感じる。
そこからは防戦一方だった。変幻自在の蹴りと、伸縮する剣に対応できず、結局、体力ゲージが0にまで削られた。
「KO‼」
の宣告が下る。
そういえば、十萌さんが言っていた。
「現実じゃ使えない技、例えば波動拳やかめはめ波みたいなものは、ゲーム内でももちろん出せないわ。でも、現実で使える武器は、ゲームの中で使えるようにしてあるわ」
――なるほど。
武器の種類次第で、優位性は大きく異なる。
また、武器は隠し持つことができるという特徴もあるらしい。
たしかに、実戦においてわざわざ自らの武器を申告するのは戦略上明らかに不利だ。
次の対戦相手は、中国の夢華だった。
彼女はまず、スピードと跳躍力が半端ない。動きを読んでいるというよりは、わたしの動きだしを見てから避けている。それでも余裕で間に合うほどの敏捷性だ。
とはいえ、闘技場の隅に追い詰めれば、わたしの突きを躱し続けることはできないはず。わたしは連撃で逃げ場を封じ、じわじわと壁際まで追い詰める。
――ここだ。
喉元をえぐる突きを繰り出す。
瞬間、夢華の状態が消えた。
必中のはずの突きが、むなしく空を切り、後ろの壁に当たった。
柔らかな肢体を活かし、スタンディンブバッグブリッジと呼ばれる、体を後ろに180度折り曲げる技で、突きを避けたのだ。
とても、人間の動きとは思えない。
唖然とするわたしを前に、彼女は壁にささった竹刀をかいくぐると、背中から50cmほどの棒状の武器を取り出した。
―あれ、何?
と思う間もなく夢華は、それを振る。
それは、瞬時に1.5mほどまで伸びた。
50cmほどの棍が3本、鉄の鎖で連結されている。
――まずい。
わたしが、夢華の意図を察して胴に切りつける前に、夢華は伸びた棍を支柱にし、棒高跳びの要領で、わたしの頭上を軽々と飛び越えた。
私の背後に立った夢華はこうつぶやく。
「隙だらけね」
剣道において、こうした形で背後を取られることはまずない。動揺し、振り返ろうとしたわたしの首筋に、夢華の鋭い一撃が決まる。
私の体力ゲージは満タンの状態から一気に三分の一程度に減り、ゲームのキャラが気絶したかのように一歩も動かなくなった。
倒れたわたしの腹部に、容赦なく三節棍を叩きつける夢華。
どこか冷たい目つきで、わたしを見下ろしている。
「KO!」
本日二度目の死亡の合図だ。
「体力ゲージの減り、早すぎませんか……⁉」
面食らうわたしに、再び十萌さんが解説してくれる。
「BBは、一般の格闘ゲームとは大きく違うところがあるの。普通の格闘ゲームの場合、体力ゲージが減ろうとも、ゲーム内キャラの動きが鈍ることはないわよね」
わたしは頷く。
まあ、そうだ。そうしないと、ゲーム的な一発逆転の醍醐味がなくなってしまう。
「ただ、現実世界でそんなことはあり得ない。それが本人だろうと、リアルアバターだろうと、足を折られれば動きは鈍るし、腕を斬られれば片手しか使えなくなる。だから、急所を狙われれば一瞬で死ぬこともあり得るわ」
ぐうの音もでなかった。
おじいちゃんが言っていた「実戦に二本目はない」というのはまさにそういうことだ。
ただ。それにしても、夢華の動きは、現実を超えているようにも思えた。
そのことに触れると、十萌さんはこともなげにこういった。
「できるわよ。彼女、中国雑技団のエースだもの」
――道理で。
あのずば抜けた身体能力は、天性の才能に加え、長く特殊な訓練を受けたない限り獲得はできないはずだ。
「ちなみに、このメンバーの中でも、ゲームの成績は夢華が圧倒的にトップよ」
***********
三人目の対戦相手は、ソジュンだった。
彼が他の相手と異なるのは、彼自身が生粋のゲーマーであることだ。
しかも天才と呼ばれるほどの。
ただ、このゲームでは、現実の精神力や身体能力が強く反映される。
それで言うと、ソジュンはまだ中学1年生で、身長も150cmあまりしかない。
その制約の中で、どう戦ってくるんだろうか?
「Ready、Fight!」
の号砲とともに、すぐにその疑問は氷解する。
ソジュンが数歩ステップバックし、私の射程圏内から外れた。
警戒したわたしが、少しずつ間合いを詰めようとした瞬間。
ソジュンが、黒い塊を懐から取り出す。
あれは、拳銃⁉
――しまった。拳銃の使い
ぱんっ。
という乾いた音が、ゲームの世界とは思えないほどリアルに響く。
わたしはひざまずいた。
左ひざを撃ち抜かれたのだ。
――ようやく、思い出した。
ソジュンが優勝した大会のことを。
そののNo1シューターが、ソジュンだった。
まずい。
まずは、第二撃をよけなければ。
まだ無事の右足を軸に、左斜め前に転がる。
さっきまで私がいた空間を、弾丸が貫く。
ソジュンの表情に笑みが浮かぶ。
まるで「やるね」とでも言うかのように。
とにかく間合いを詰めなければいけない。
もう一度、今度は右斜め前に転がろうと、右足に力を込めた刹那。
今後は、その右足が撃ち抜かれた。
なすすべもなく、わたしはその場にうずくまる。
そんなわたしの方へ、すたすたと歩いてくるソジュン。
既に勝ちを確信しているんだろう。
わたしは、顔を上げず、それでもソジュンの足だけを見ていた
目が合えば、わたしの意図が気が付かれる。
――あと2歩。
わたしの竹刀の必中領域までの距離だ。
そこまで入り込んでくれば、逆転の突きが当たる。
――あと1歩。
わたしは、竹刀を握る左手に力を籠める。
そこで、ぴったりと、ソジュンの足は止まった。
「悪いけど、剣使いとも戦ったことがあってね。間合いは、良く分かっているつもりだよ」
わたしは顔をあげる。
銃の標準が、わたしの額に定まる。
「Game Over」とつぶやき、引き金をひくソジュン。
ぱんっ。
第三撃が、放たれた。
正確無比な一撃は、しかしわたしの額には届かなかった。
わたしが下から繰り出した竹刀の一振りが、弾丸の軌道を変えたからだ。
――逆袈裟斬り。
実践で使ったのは初めてだ。
驚いた表情のソジュン。
来る軌道さえ読めていれば、できない技じゃない。
ただ、わたしの反撃はそこまでだった。
とっさに間合いを取り直したソジュンが、今度は標準を隠す形で放った第四撃が、私の心臓を貫いたからだ。
今度こそ本当のGame Overだった。
無常にも「KO‼」の声が響く。
これで三連敗だ。
試合後、わたしは
「武器って、拳銃もアリなんですか?」
十萌さんが言う。
「一般に入手が難しい武器はNGにしているわ。マシンガンとかね」
――いや、拳銃だって、どう考えても難しいでしょ。
そう小声でつっこむと、カイが追い打ちをかける。
「へー、拳銃で撃たれたこともないんだ。やっぱり平和なんだね、日本って」
「誤射で人が死にまくってるあんたの国と一緒にしないでよ」
と嫌味を返す。
でも、カイの次の言葉でわたしは二の句が告げなくなる。
「……じゃ、大切な人が銃で襲われたとき、同じこと言うつもり?」
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