第5章:絶望あるいは希望【2029年8月5日】

第36話:非常事態

「悠くんが、誘拐された!?」

衝撃のあまり、わたしはスマホを落とす。


創さん、カイ、十萌さん、そして星も一斉にわたしの方を向いた。


星は落としたスマホを拾って、わたしに訊く。

「本当なら、みんなで聞いたほうがいいと思う。スピーカーに変えてもいいかな?」


わたしは、なんとか頷く。


そこで、夏美さんが言ったことは、誰もが信じがたいことだった。


あの合宿の後、本堂の片づけを終えた夏美さんが境内に出ると、錬司さんが背中から血を流して倒れているのを発見した。背中から何か鋭い刃物で、斬られたようだった。


夏美さんが駆け寄ると、かろうじて意識のあった錬司さんが、悠くんがさらわれたことを伝えたらしい。


「誰がやったの!?」

そう聞く夏美さんに、錬司さんはこう言ったという。

「例の……南米系の外国人……。そうリンちゃんに、伝えて」


――「人を倒す訓練を受けた外国人が、島を徘徊している」

あのときの錬司さんの言葉を思い出し、戦慄する。


そのまま意識を失い、今は、島で1人のお医者さんが山野辺家で治療をしてくれていている状態らしい。駐在さんも駆けつけてくれている最中とのことだった。


「ど、どうしよう……」

わたしは動揺する。


星はきっぱり言った。

「リンちゃんは、誠吾さんと一緒に、山野辺さんのところに行った方がいいと思う。僕も着いていくよ」


そして、創さんたちの方を向く。

「お父さん、十萌さん、カイは、全島避難に向けて、すぐに動いてほしい」


創さんは、星の目を見て、即座に同調する。

「分かった。両方とも、一刻を争う事態だ。ここは手分けをした方がいい」


カイが十萌さんに指示を出す。

「全研究所に緊急事態宣言エマージェンシーコールを発令してくれ。現在この研究所にある全ての研究データ、並びにアバターは東京本土へ移管する。全スタッフに、至急対応指示を」


「はい、ただちに作業に移ります」

と十萌さんは答え、即座にデバイス経由で、スタッフへ指令を出し始める。


「それと、メンバー全員と誠吾さんを、今すぐにここに呼んでほしい」」


合宿を終えた全員が、研究所にいたのは幸いだった。

夢華、アレク、ソジュン、ミゲーラ、エリー、そして誠吾さんが、ものの10分のうちに、会議室に集結する。


――え!?

誘拐と噴火という、予想だにしない展開に、誰もがしばし言葉を失う。


「あの、悠馬君が!?」

懐かれていた分、夢華は、ショックを受けたようだった。


カイは、有無を言わさずに指示を出す。

「事は一刻を要する。全員、協力して事に当たってほしい。まずは、各自これを付けてくれ」


そういって、各々に新型のVRデバイスを手渡す。

片目用の、いわゆるスカウタータイプというやつだ。


「これって?」

「救助や戦闘に特化した最新型のデバイスだ」


全員が装着し終わるのを確認すると、カイは再び口を開く。


「たった今、最高管理者マスター権限を発動し、各デバイスをアイロニクスのセンターAIに同時接続した。これで、それぞれの会話や視覚情報全員に共有することができる。各自の母語への自動翻訳も可能だ」


ヴン、という音とともに、眼前に「カイの視界」が広がる。


「つまり、このデバイスで、それぞれが見ている景色や音声が、逐次共有可能になる。例えば、


――ようやくカイの言葉の意味が呑み込めてきた。


「今回、創さんとともに火口における噴火の動きを分析して、溶岩の流れ出る方向のシミュレーションを行う。それを踏まえて、みんなには、飲み込まれうる集落の救助に当たってほしい」


「え、ど、どうやって?溶岩って、1000℃くらいあるんでしょ。さすがにヤバすぎるって」とソジュン。


「大丈夫だ。溶岩の進行速度は分速約20メートルと予測されている。一般人であればまず逃げ遅れることはない。ただ、問題は、身動きの取れない寝たきり老人やけが人だ」


高齢化が進む島では、そうした老人も多い。


「彼らを救助して、最短のルートで、最寄りの港まで避難させてほしい。そこに、客船を待機させておく」


「救助するっていったって……」

そう言って、ソジュンはエリーの方を見る。


中学1年生のソジュンにとって、体重が軽い寝たきり老人とはいえ、抱えること自体が難しい。ましてや車いすのエリーには、不可能だろう。


考え込んでいたエリーが、はっと気が付いたように言う。

「リアルアバターを使うのね」


カイは頷く。

「そうだ。この最新型のデバイスで、自分のアバターを操作し、救助活動にあたってもらいたい。救助が必要な人のいる家の特定、並びに避難ルートの指定は、創さんと俺が遠隔連絡する」


ソジュン、アレク、エリーは納得したように頷く。


夢華が、口を挟む。

「みんなはそれでいいわ。ただ、山野辺さんの家はどうするの?おそらく、そこの周辺に誘拐犯が潜んでいる。おそらく、


――そう、わたしもそこが気になっていた。


父も頷く。

「ああ、あの錬司が、一対一で、相手に後ろから斬られるはずがない。犯人は複数の可能性が高い」


わたしは逡巡する。

「そうね。あそこには夏美さんも美紀ちゃんもいる。複数の敵が同時襲撃してきた場合、対応しきれるかどうか……」


「だから私も、リンと一緒に行くわ」

夢華はきっぱりと言った。


「……で、でも、それだと夢華も危険に巻き込まれちゃう」


夢華が、挑発的な口調に戻る。

「あなたは、わたしたちのお母さんから何を学んだの?」


――そうだ、夢華にさっき言われたばかりじゃないか。

「これから先は、」と。


夢華は、わたしをまっすぐに見据え、迷いもなく言い切った。

「自分の道は、自分の意思でしか切り拓けない。私は、私の意思で、悠馬くんを救いたいの」


「で、あなたはどうするの?」

そう、夢華の目が無言で問いかけてくる。


わたしは、「ぱんっ!」と、自分の頬を叩く。

「分かった。夢華、おねがい。わたしたちと一緒に戦って」


夢華は頷き、わたしの背中を叩く。


カイも同調する。

「分かった。リンと夢華の意思を尊重しよう。では、リン、夢華、誠吾さんの3人は、飛行車で即座に山野辺家に向かってほしい」


カイが、場の全員に対して宣言する。

「我々の目的ミッションはただ一つ。島民、そして悠馬君の救助だ。島民全員の避難船は、20:00フタマルマルマルまでに必ず確保しておく。各自、全力を尽くしてくれ!!」


「了解!!」


全員が動きだす。

それぞれの決戦が、刻一刻と近づいてくる。

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