第56話:罠

「今回の山籠もりのミッション達成条件はただ一つ。山中で、常に襲ってくる深山一心おじい様に、一撃喰らわせること」

そう、十萌さんが言う。


「たった一撃でいいの?」……とはもう誰も言わなかった。

何といっても、道場で5人がかりで戦ってなお、おじいちゃんに指一本触れられなかったのだ。


むしろ慣れない山の中では、一撃を当てること自体、至難の業といっていい。


代りにソジュンが訊ねる。

「それって、どんな手段を取ってもいいってこと? 例えば、ひたすら物陰に隠れて、狙撃のチャンスを狙うとか……」


「ああ、かまわんよ。

広大かつ遮蔽物の多い山中は、ソジュンの銃やアレクの弓にとっては不利に働きやすい。


待ち伏せをしようにも、狙撃の射程に全く入ってこなければ無意味に終わってしまう。

ただ、仲間と共闘してもいいなら、攻撃の選択肢は広がるはずだ。


そうしたわたし達の思惑を尻目に、夢華は断言する。

「私は単独で動くわ。独力で倒さなきゃ、意味ないもの」


予想通りの反応だった。

プライドの高い夢華が、手玉に取られたままで黙っているはずがない。


ただ、おじいちゃんはきっぱりと言う。

「生き残るために、を使うのが、本当の強者じゃよ。それが、人でも、自然でも」


**********


1週間分の干し芋や果物などの保存食、それぞれの武器、それに脳波測定用のVRスカウターだけを持たされて、わたしたちの山籠もりは始まった。


チームで話し合った結果、少なくてもはじめの6日間は、それぞれ単独行動を取ることになった。

夢華のように「自分自身の力を試したい」という気持ちは、誰しもが持っていたから。


だけど、もし最終日15日までに、おじいちゃんに一撃さえ加えられていなかったら。

その時は全身で共同戦線を張り、何が何でもおじいちゃんを倒しに行く。


まずおじいちゃんが山に入り、次いでアレク、ミゲーラ、ソジュン、夢華、わたしの順番で、時間差で森に入っていく。

そして今。その最後の一人として、竹林の入り口に立っている。


――これが数百年育ち続けている竹林か……。


天に昇って伸びる無数の深緑色の竹は、まるで何かの生き物のようだ。

風にさらさらと揺れる葉音は、清流のせせらぎのように心を洗ってくれる。


木漏れ日が跳ねる美しい情景に目を奪われながら、わたしは一歩竹林に足を踏み入れる。


”ザザッ”と、何かが揺れる音がした。

そう思った瞬間、後頭部に鈍い衝撃を感じ、そのままわたしは意識を失った。


***********


目が覚めると、わたしは竹林に仰向けになって倒れていた。


わたしが、と認識するまでに少し時間がかかる。


確かにおじいちゃんは言っていた。

「竹林に入った瞬間から、修行は始まる」と。


とたんに、美しいと思っていた森林が、視界を阻む障害物に見えてくる。

緊張で呼吸が乱れ、息も苦しくなってくる。


周囲の気配に気を張りながら、10分ほど歩いただろうか。

密集していた孟宗竹が少なくなり、森の入り口が見えてきた。


今回は無事に竹林を抜けられそうだ――。

ほっとして速足になった瞬間。


前方から、

無数の葉を持つ、十数メートルの竹が、わたしに覆いかぶさってきたのだ。


わたしは手に持っていた竹刀で、どうにかそれを受ける。

がぁあああああん。


強い衝撃が伝わり、思わず竹刀を落としそうになる。

が、衝撃を途中で受け流すことで、どうにか耐える。


――なんとか、受けきった。


ほっとしたのも束の間、足首に引っ張られるような感触を覚えた。


次の瞬間、わたしの視界は反転していた。


――え、えええええええ!

あたかも釣りあげられた魚のように、わたしの身体は宙吊りにされていた。


どうやら、その紐は、竹の尖端に括り付けられており、竹のしなりを利用して、私を逆さ吊りにしたのだ。


――こんな罠、いつの間に仕掛けたのだろう。

前方からの攻撃に注意を集中させた上で、足元の罠で行動不能にするなんて。


わたしはどこかで油断していた。

この広大な山の中、いくらおじいちゃんでも、5人でバラバラに動くわたしたちを同時に相手はできないと。


でも、森の至るところに罠が仕掛けられているなら、話は別だ。

一瞬たりとも気が休まらない。


徐々に血が上ってくる頭で、わたしは、おじいちゃんの言葉を思い出していた。

「周囲のあらゆるものを使うのが、本当の強者じゃよ」

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