第56話:罠
「今回の山籠もりのミッション達成条件はただ一つ。山中で、常に襲ってくる
そう、十萌さんが言う。
「たった一撃でいいの?」……とはもう誰も言わなかった。
何といっても、道場で5人がかりで戦ってなお、おじいちゃんに指一本触れられなかったのだ。
むしろ慣れない山の中では、一撃を当てること自体、至難の業といっていい。
代りにソジュンが訊ねる。
「それって、どんな手段を取ってもいいってこと? 例えば、ひたすら物陰に隠れて、狙撃のチャンスを狙うとか……」
「ああ、かまわんよ。
広大かつ遮蔽物の多い山中は、ソジュンの銃やアレクの弓にとっては不利に働きやすい。
待ち伏せをしようにも、狙撃の射程に全く入ってこなければ無意味に終わってしまう。
ただ、仲間と共闘してもいいなら、攻撃の選択肢は広がるはずだ。
そうしたわたし達の思惑を尻目に、夢華は断言する。
「私は単独で動くわ。独力で倒さなきゃ、意味ないもの」
予想通りの反応だった。
プライドの高い夢華が、手玉に取られたままで黙っているはずがない。
ただ、おじいちゃんはきっぱりと言う。
「生き残るために、
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1週間分の干し芋や果物などの保存食、それぞれの武器、それに脳波測定用のVRスカウターだけを持たされて、わたしたちの山籠もりは始まった。
チームで話し合った結果、少なくてもはじめの6日間は、それぞれ単独行動を取ることになった。
夢華のように「自分自身の力を試したい」という気持ちは、誰しもが持っていたから。
だけど、もし
その時は全身で共同戦線を張り、何が何でもおじいちゃんを倒しに行く。
まずおじいちゃんが山に入り、次いでアレク、ミゲーラ、ソジュン、夢華、わたしの順番で、時間差で森に入っていく。
そして今。その最後の一人として、竹林の入り口に立っている。
――これが数百年育ち続けている竹林か……。
天に昇って伸びる無数の深緑色の竹は、まるで何かの生き物のようだ。
風にさらさらと揺れる葉音は、清流のせせらぎのように心を洗ってくれる。
木漏れ日が跳ねる美しい情景に目を奪われながら、わたしは一歩竹林に足を踏み入れる。
”ザザッ”と、何かが揺れる音がした。
そう思った瞬間、後頭部に鈍い衝撃を感じ、そのままわたしは意識を失った。
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目が覚めると、わたしは竹林に仰向けになって倒れていた。
わたしが、
確かにおじいちゃんは言っていた。
「竹林に入った瞬間から、修行は始まる」と。
とたんに、美しいと思っていた森林が、視界を阻む障害物に見えてくる。
緊張で呼吸が乱れ、息も苦しくなってくる。
周囲の気配に気を張りながら、10分ほど歩いただろうか。
密集していた孟宗竹が少なくなり、森の入り口が見えてきた。
今回は無事に竹林を抜けられそうだ――。
ほっとして速足になった瞬間。
前方から、
無数の葉を持つ、十数メートルの竹が、わたしに覆いかぶさってきたのだ。
わたしは手に持っていた竹刀で、どうにかそれを受ける。
がぁあああああん。
強い衝撃が伝わり、思わず竹刀を落としそうになる。
が、衝撃を途中で受け流すことで、どうにか耐える。
――なんとか、受けきった。
ほっとしたのも束の間、足首に引っ張られるような感触を覚えた。
次の瞬間、わたしの視界は反転していた。
――え、えええええええ!
あたかも釣りあげられた魚のように、わたしの身体は宙吊りにされていた。
どうやら、その紐は、竹の尖端に括り付けられており、竹のしなりを利用して、私を逆さ吊りにしたのだ。
――こんな罠、いつの間に仕掛けたのだろう。
前方からの攻撃に注意を集中させた上で、足元の罠で行動不能にするなんて。
わたしはどこかで油断していた。
この広大な山の中、いくらおじいちゃんでも、5人でバラバラに動くわたしたちを同時に相手はできないと。
でも、森の至るところに罠が仕掛けられているなら、話は別だ。
一瞬たりとも気が休まらない。
徐々に血が上ってくる頭で、わたしは、おじいちゃんの言葉を思い出していた。
「周囲のあらゆるものを使うのが、本当の強者じゃよ」
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