第49話:サイコメトリー

「ここだよ、こういうとこに来たかったんだよ!」

 報極寺の日本情緒あふれる枯山水の石庭に、アレクのテンションが跳ね上がる。

 ……どうやら、”推し漫画”に出てきた情景シーンにそっくりらしい。


 禅宗文化が花開いた室町時代を象徴する、枯山水の石庭。

 緻密に配置された石と白い砂は、自然そして宇宙を表し、「この世と死後の世界を繋ぐ庭」とも呼ばれている。――以前、そう父から教わったことがある。


「でもそもそも、報極寺ここって貸切っていい場所なんですか?一般の人も来るんじゃ……」

 わたしは十萌さんにこっそりと聞く。


「普通のやり方じゃ、まずダメね。国の文化財の扱いは厳しいから」

「え、じゃあどうやって?」


「風間総理と橘長官が、文化庁と掛け合って、特別にはからってくれたの」

 十萌さんがほほ笑む。


「なんて言ったって、わたしたちに地球の未来がかかってるんですから」


 **********


 奥の間に案内されると、白髪の男性と女性、それに夏美さんの三人が、住職に向き合う形で座っていた。


「あ、おじいちゃん、おばあちゃん!」


 わたしが呼びかけると、ほぼ同時におじいちゃんが振り返る。

「リンか。よう来たな」


 ――相変わらず、気配を察するのが早い。


 その声に弾かれたように、和服のおばあちゃんが、ゆっくりとこちらを向いた。

「ああ、リンちゃん、久しぶり。大変だったようね」


 おばあちゃんの目じりが、わずかに光っている気がする。

 ――涙?


 もしかして、三式島での顛末を聞いたのかもしれない。

 だいぶ、心配かけちゃったみたいだ。


「ご住職、この度は無理をお聞きいただき、ありがとうございます」

 みんなを代表して、十萌さんが頭を下げる。


 人のよさそうな住職が、お茶をたてながら答える。

「ええ。文化庁からも事情は伺っております。8月31日の神剣奉納祭まで、我が家と思ってお過ごしください」


 そう言って、十萌さんの前に、和菓子と抹茶を置く。

「”アバター”とかいう人型ロボットや実験機器も、既に、スタッフの方が本堂に設置しています。いつでもお使いください」


 そう言うと、みんなの分のお茶をたて始める。

「みなさんの修行を、ぜひわたしにも見学をさせてください。深山先生とは茶飲み友達ですが、実際の稽古を見るのは初めてですから」


「もちろんです」

 十萌さんは丁重にお礼を述べると、今度は、おじいちゃんの方に向き合う。


「この度は、計画へのご協力、有難うございます」

「ああ、夏美さんより聞いておる。こんな時分じゃ。隠退の身じゃが、できることはさせてもらうよ」


 夏美さんが、わたし達の方を見て軽く頷く。

 既に、おじいちゃんを説得してくれていたんだろう。


 そこに、ソジュンが急に割って入ってきた。

「火龍の舞の修行はいいんだけど、その前に一度、おじいちゃんと、勝負をさせてくれない?」


 初めて会った時のような、挑発的な態度だ。

「どう考えても、リンたちが言うほど強いとは思えないんだよね。オーラみたいなの、全然感じないし。これでアバターを動かせるとは到底思えない」


 ――そう思わない?

 とばかりに、ソジュンは夢華の方を向く。


「確かに、気は全く感じないわね。。ただ、身のこなしは確かよ。さっきから隙が全く無い」


ほう、といった風におじいちゃんが夢華を見る。

「ま、一度ってみたほうが早いかもしれんの」


「みんなの武具や防具も、既に本堂に置いてございます。もちろん、おじい様の分も」

とご住職が茶を立てながら言う。

 

 おじいちゃんは、”ずっ” とお茶を啜って、こう言い放った。

「わしは、武具も防具もいらんよ。どうせ、


 場の空気が一気にピリッと張りつめた。

 ソジュン、ミゲーラ、アレク、夢華の表情が硬くなる。


 剣の道では伝説の達人とはいえ、目の前にいるのは齢80過ぎの小柄な老人だ。

 その実力を知るわたしとエリーはともかく、他のみんなにとっては、舐められていると思ってもおかしくないセリフだ。


 だけど、おじいちゃんは、そんな空気を意にも介さない。


「あなた……」

 むしろ、気にしているのはおばあちゃんだった。

 たしなめるように名前を呼ぶが、おじいちゃんはいつものようにマイペースだ。


「心配せんでもええ」

 そういって、おばあちゃんの肩に手を置いて、立ち上がる。


「ご住職、せっかく立ててくれた茶だ。本堂に持って行ってもよいかな?」


 住職は頷く。

「冷めないうちに、終わらせるでな」


 **********


 ――15分後。


「ば、怪物ばけものかよ」

 ソジュンが呆然とした表情で、本堂の床でへたりこんでいる。


 アレク、ミゲーラ、夢華も同様の表情だ。

 心の準備はしていたはずのわたしでさえ、驚きを隠せない。


 ソジュンの銃弾も、アレクの矢も、ミゲーラの仕込み刃も、わたしの竹刀も。

 そして夢華の三節棍でさえも、おじいちゃんには掠りもしなかった。


 さらに衝撃的だったのは、おじいちゃんは、予告通り、防具どころか、竹刀さえも使わずに、素手で全員を制圧したのだ。


 アレク、ソジュン、ミゲーラは第一撃を余裕でかわされ、そのまま空気投げで身体が宙に舞った。それぞれ、ものの10秒といったところだろう。


 三節棍の連撃で善戦しているように見えた夢華でさえ、得意の空中からの打突をあっさり躱され、挙句の果てに三節棍をおじいちゃんに奪われてしまった。


 かつて元日の早朝稽古で、父がおじいちゃんに一撃も当てられずに手玉に取られたときと、全く同じ光景だ。


「信じられない。攻撃の瞬間だけ、オーラが一気に跳ね上がったわ」

夢華も驚愕の表情を浮かべている。

彼女にとって、ここまで圧倒的な敗北を喫したのははじめてなのだろう。


「こんなもんでええかの?」

 脳波測定用のキャップを外し、十萌さんに手渡す。


「あ、ありがとうございます」

 おじいちゃんの脳波をモニターで観察していた十萌さんの声が、心なしか震えている。


「どうしたんですか?」

 心配になってわたしが声をかける。


「す、すごいわ。先生の脳波パターン、


「それって、何がすごいんですか?」

 そのすごさが分からないわたしが聞き返す。


「本来、脳波は個人によって固有の波を描くものなの。おじいさんも始めはそうだった。でも、相手が攻撃してきているときだけ、相手の脳波に、極めて近くなっている。まるで、


「脳波を読み取るって……。そんなことって、可能なんですか?」

「科学的には証明されてないけど、俗にいう、読心術もしくは、“サイコメトリー”といったものに近い能力かもしれない」


 ――サイコメトリー?

 どっかで聞いたことがある気がする。


 そうだ。確か、星の家にあった『サイコメトラーEIJI』という漫画だ。

 主人公が、モノや人に触れることで、そこに残された残留思念を読み取り、次々と難事件を解決していくという話だ。


「つまり、おじいちゃんは、相手の心が読めるってことですか?」

「そこまでかは分からない。ただ、少なくても攻撃の気配は、確実に読み取っているはずよ。でないと、あの強さは説明がつかない」


 ――もしそうなら、わたしたちの攻撃が全く当たらないのも納得だ。


「おじい様なら、100%に近い脳波伝達率も夢じゃないかもしれない」

 十萌さんの目が燃えている。


 どうやら、理系女子リケジョ魂に火が付いたようだ。

 こうなると、誰にも彼女を止められない。

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