第26話:天使と小悪魔

 海辺まで下りてみると、また景色が違って見えた。


 岩々は、潮が満ちているときには水中に隠れているが、潮が引き始めると、徐々にその姿を水面に表し、やがて溶岩のプールが誕生する。


 そこには、満ち潮の際に沖から運ばれてきた魚たちや貝たちが、そのまま残されている。水深も1mくらいだから、ここなら、エリーも安心して泳げるだろう。

 

 「うわー、めっちゃ綺麗!」

 わたしたちは、思わずテンションがあがる。


 「あっちの岩場の陰で、水着に着替えられるわよ。女性陣は一緒に来て」

 と十萌さんが指をさす。


 十萌さんについていく形で、わたし、夢華、エリーを背負ったジェラルドが歩き出す。


「男性は、そこらへんでね」

 十萌さんが、しれっと付いてこようとしたアレクに釘を刺す。


 5分ほど歩いただろうか。

 眼前に現れた光景に、思わず驚きの声を上げた。


 そこは、岩場の陰というより、まるで洞窟だった。

 

 高さ十数メートルもの空洞が、奥に向かって伸びている。

 光射す昼間であっても奥までは見通せない。


 ――夜だったらめっちゃ怖いよね。

 わたしとエリーの会話が、反響して洞窟内に響く。


 たしかに、これで蝙蝠とかいたら、完全に肝試しの世界だ。

 それこそ、本当にお化けが出てもおかしくない雰囲気を漂わせている。


 「出るわよ」

 と、十萌さんが声を低くめる。


「え……!? お化けが?」

 と思わず聞き返すと、十萌さんは面白そうに、

「いや、蝙蝠のほう」と返す。


 たしかに、さっきから、キー、キーという声がかすかに聞こえるような気が……。


「そもそも、十萌さんはなんでこの洞窟ばしょを知っていたんですか?」

 とわたしが聞く。


「ここは、研究所からも近いからね。以前、地質調査はしたことがあるの。それこそ、七海創教授星くんのお父さんと一緒にね」

 と十萌さんが言う。


 確かに、研究所の地下に闘技場を作っているくらいだ。

 当然、地盤調査などもしているのだろう。


「三式島には、まだまだ発見されていない洞窟や、水脈がたくさんあるらしいわ。当然よね、あれだけ噴火して、地形が絶えず変わり続けているんだから」


「さ、男性陣が待っているから、早く着替えるわよ」

 というと、十萌さんはバックパックからみんなの分の下着を取り出す。


「Would you wait outside, please?(外で待っててくれる?)」と、エリーがスティーブに伝える。


 エリーを椅子のように突起した岩場に座らせ、スティーブは外に出る。


 わたしたちは一緒に慎重にエリ―を抱き上げ、服を脱がせると、3人がかりで白のフリルの水着を着させる。


「ど、どうかな?」

 恥じらうエリーを見て、わたしは確信する。


 ――やっぱり、天使だ。


「じゃ、あなたたちは自分で着てね。こっちはリンちゃんで、こっちが夢華の」


 そういって渡されたセパレートの水着を見て、わたしと夢華はほとんど同時に文句を口にする。

「……これって、ちょっと露出度高くないですか?」

「太暴露了!」


 夢華の中国語、聞き取れないけど、おんなじこと言っている気がする。


「いやー、島の水着屋さんにそれしか置いてなくてねぇ。でも、似合うと思うよ、ねえエリー?」

 と振る。


「うん、ふたりともとっても似合うわ。わたし、来ているとこ見てみたい」

 と満面の笑みのエリー。


 ――この天使の笑み、小悪魔すぎる。


 **********


「Oh my goddess!(おおっ、女神たちよ!)」

 わたしたちの水着姿をみて、真っ先にリアクションしてきたのは、やはりアレクだった。


「神の与えた美」だの、「この世のものとは思えない」だの、日本人では絶対言わない歯の浮くセリフを連発する。


 ――真に受けちゃダメだ。これは、スペイン流の挨拶なんだ。

 そう自分に言い聞かせる。


 ミゲーラも、ノリノリで口笛を吹いてくる。

 ソジュンは、無関心のふりをしつつも、さっきからチラ見している。そういう年頃なんだろう。


「ところで夢華、あんた、なんでわたしの後ろにいるのよ?」


 ステージ慣れしているはずの夢華は、なぜかぴったりと私の後ろに隠れて、男性陣からの視線を避け続けている。


 ――な、なんかズルい。


「でも、こうしてみると、夢華さんとリン姉ちゃんって似ているね」

 と悠くんが言うと、

「たしかに~」と美紀ちゃんもまじまじとわたしを見る。


「え?ど、どこらへんが?」

 驚いて訊ね返すわたし。


 夢華は一目でそれとわかる中華系美人だ。

 対して、一度も自分でメイクをしたことさえないわたし。 似ているところは、身長くらいしか見当たらない。


「えー、雰囲気」

「うん、ふんいき」

 と、悠くんたちがハモる。


 ――絶対怒りだすに違いない。

 そう思っていたけど、夢華の表情は微妙だった。


 怒ったような、照れたような感情が入り混じっている。

 思えば、はじめて会ったときも、そんな表情をしていた気がする。


「那当然了。我们是*******」


 夢華は何か聞き取れない言葉を小声でつぶやいて、そのまま、イルカのように美しい姿勢フォームで海に飛び込んだ。


 そのまま、遠くの岩陰まで泳いでいく。

 ――あ、逃げたな。


 それを機に、強烈な夏の日差し灼かれていたわたしたちは我慢できずに、みんなは一斉に天然のプールに飛びこんだ。


 「めっちゃ魚いる!」

 ソジュンがはしゃぎだす。


「グリルにしたら美味しそう!」

 とミゲーラが食い気を出してくる。故郷・ブラジルのリオでは、海鮮料理がさかんらしい。


 すると、研究所のスタッフが、網と銛、そして釣り竿のようなものを次々と取り出して、岩の上に並べだした。


 十萌さんはさらっと言う。

「じゃ、みんな頑張って、自分たちのお昼ご飯を獲ってきてね」


 わたし達は顔を見合わせる。

 ……え、自給自足それって本気だったの?

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