第51話:人工頭脳

「脳波伝達率、162%?」

 今度は一気に100%を超えてきた。


 ――そもそも100%を超えるって、あり得るんだろうか?


「さっきはマイナスになってたし……。やっぱり、その脳波測定器キカイ、壊れているんじゃないですか?」

わたしたちは、十萌さんに疑いの目を向ける。


「……そ、そんなことはないハズだけど。他の数値は通常の範囲内だし」

 珍しく十萌さんが、動揺を隠せていない。


「とりあえず分析してみるわ。ぜひおじい様にもいろいろ話を聞いてみたいし」

 その瞳には困惑とともに、興奮が入り混じっている。


「一旦、アバターを座らせていただけますか?」

おじいちゃんが元の座禅の姿勢に戻すと、アバターも寸分たがわぬ姿勢を取る。


VRヘッドセットを外しながら、おじいちゃんが言った。

「住職さん、お茶を入れ直してもらえるかな。少しばかり、喉が渇いたでな」


 **********


 わたしたちは、お茶を飲むおじいちゃんと、鎮座する巨大アバターを取り囲むようにして、車座になる。

 

 まずはやはり十萌さんが話の口火を切った。

「まず、VR機器に接続直後、脳波がマイナスになったときですけど……。その時、どういったことを意識されていましたか?」と、十萌さんが訊く。


「ぶ、ぶいあーる?まいなす?」

 ――残念ながら、横文字は、おじいちゃんには伝わらない。


 わたしが言い換える。

「あの眼鏡みたいのを付けていた後、どんな感じだった?」


「ああ、いつも通りじゃよ」


 ――相変わらずの質問者泣かせの答えだ。


 わたしが、前回、おじいちゃん家に修行に押しかけたときもそうだった。

 他人がひっくり返っても出来ないような動作を、おじいちゃんは、呼吸するように自然に行っている。


 だからこそ、訊かれてもうまく答えられないのだろう。

 わたしたちが「どうやって息を吸っているの?」と聞かれても困ってしまうみたいに。


「映像でそのシーンを見てもらった方が、早いかもしれないわね」

 と、十萌さんがスクリーンに録画を再生する。


 必死に呼びかけるわたしに、おじいちゃんが「やかましいのう。ちゃんと、聞こえとるわい」と答えたシーンが流れる。



「この“一体になる”ための方法をぜひ知りたいんです」

 十萌さんが訊ねる。


おじいちゃんは、お茶を啜った。


「ああ……」

 おじいちゃんは思い出したように言う。


「これだけ大きいと、無理には動かせんからな。まずは、アバターこいつが発する波に、自分の波を寄り添わせ、一つにしたんじゃ」


一切即一いっさいそくいち、というわけですね」

ここまでずっと黙って見守っていた住職さんが、初めて口を開く。


 ――あ。

 この言葉、ちょっと前にどこかで聞いた気がする。


「それ、三式島で、錬司さんが言ってたよ。録音音声を再生するね」

とサラが教えてくれる。



おじいちゃんが苦笑する。

「錬司のやつ、学校の先生だけあって、相変わらず理屈っぽいわい」


――つまり、おじいちゃんとアバターが相互に影響し合っているということだろうか?


十萌さんが納得したように頷く。

「たぶん、おじい様自ら、一旦、相手の脳波を受け入れ、それを戻したのよ。それであれば、脳波伝達率が100を超えたのも説明がつくわ」


 ――つまり、自分の100に相手の60が足されたから160になったということか。


「え、でもそもそもこの巨大アバター、なんでを発しているんですか?アバターに脳なんてないですよね?」

 エリーがもう一つの疑問を口にする。


「あ、ごめんなさい。そこ、言い忘れてたわ」

 十萌さんがさらっという。


「このアバターは、他のと違って、人工頭脳を搭載しているの」

 そう言って、十萌さんはその豊かな胸を張る。


「アイロニクス製の人工頭脳と、アンドロイドとしてのボディーを有する、世界初のアバター。それが、このKー5よ」


 ――そういうこと、早く言ってよ。

 と、突っ込もうとし、すぐに思いとどまる。


 1年半前、アメリカで、確かにカイはこう言っていた。

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