第28話:真夏のバーベキュー

「え、みんなこんな獲ってきたの!?」

 溶岩のプールに作られた生けには、ざっと50匹以上の魚が泳いでいる。


「あ、そうだ。ついでに岩場の陰に隠れていた、こいつも取ってきたわ」

 と夢華が見せる。


 ――え、なにこれ?

 みんなが絶句する。


 体長1m以上もある、いかにも狂暴な顔をした太ったウミヘビみたいなのが、生けの中で暴れている。小魚なら丸呑みしそうな、まるで魚界の極道のような迫力だ。


「こ、怖い……」

 思わず、ソジュンが言う。


「あ、あの……。夢華おねえちゃん、こ、これってどうやって捕ったの?」

 美紀ちゃんが聞く。


「ん、手づかみだけど?」

 何てことはない、といった感じで夢華が答える。


「鰻がちょっとでっかくなったみたいなもんじゃないの?」


 言いづらそうに美紀ちゃんが言う。

「この魚、ウツボといって、地元の漁師でも素手では絶対に手を出さない魚なの。あごの力が強くて、簡単に指が噛みちぎられちゃうから」


 ―――え。

 今度は夢華が絶句する番だった。


「夢華ねえちゃん、すごい。めっちゃ勇気ある!」

 悠くんは逆に興奮している。


 意図せずして、悠君に勇者認定された夢華は複雑な表情だ。


「味はちゃんと鰻に近いらしいよ。唐揚げや煮つけでもいいし、ウツボ鍋も味が染みて美味しいみたい」そう、味覚がないはずのサラが教えてくれる。


「でも、今日のMVPはやっぱりエリーちゃんね」

 十萌さんが拍手する。


 竿を二刀流にすると、更にペースが上がり、合計28匹も釣ってきたのだ。


 炎と日差しに灼かれ、ジュージューと音を立てる鉄板から、香ばしい匂いが溢れ出してきた。


 ――この太刀筋、常人じゃない。

 ジェラルドが、みんなが捕ってきた魚を、達人級のスピードで捌きだす。


「貴族の執事って、こんなこともやってくれるの?」

 驚くソジュンに、十萌さんは言う。


「ジェラルドは調理師免許も持っているから、腕は確かよ」

 さすが、エリー家の執事。万能すぎる。


 十萌さんが足元のボックスを開き、香辛料らしき小瓶を並べながら解説する。


「醤油、塩、コショウに加えて、韓国のコチュジャン、ブラジルのクミン、スペインのサフラン、中国の黒酢に唐辛子。みんなの故郷の調味料をなるべく揃えておいたから、好きに使ってね」


「飲み物も準備したわ。ただし、お酒は成人だけね」

 氷が詰められたクーラーボックスから次々と飲み物を取り出した。


 炭酸水にお茶、そして各種のフルーツジュースまではまだわかる。


 その後出てきたのは、キンキンに冷えたビールに、日本酒、焼酎、白と赤の高そうなワイン、そしてウィスキーに紹興酒。まるで都内のバーのようなラインナップだ。


 その上、見たこともない透明な水のようなお酒まである。

 ラベルには「白酒」と書かれているけど、それがお酒の名前なのか、単純にお酒の色を指しているのかよく分からない。


「これ、ミゲーラのために特別に取り寄せといたわ」

 といって、薄い小麦色の瓶を取り出す。


「あ、これ、カシャーサ!僕の地元のお酒、良く手に入ったね」

 ミゲーラが歓声を上げる。


 サラに尋ねる。

「カシャーサってなに?」

「ブラジルのサトウキビから作られる蒸留酒だよ。普通、手に入らないと思うけど……」


  半ば呆れてわたしは尋ねる。

「こんなの、どっから持ってくるんですか?」


「島で買えないものは、カイさん家の自家用ジェットで持ってきてもらったの」

平然と十萌さんは言う。


 ――じ、自家用ジェット? このために?

  この人たち、わたしとは住む世界が違いすぎる。


 **********


「……も、もう食べられない」


 わたしは、はち切れそうなお腹を押さえる。


 10人いるとはいえ、合計で50匹近くの魚はさすがに食べられない。

 生け簀には、まだ半分以上の魚が残っている。


 ウツボもいまだにバケツの中で暴れている。


 真夏のバーベキューは、それなりに体力を使う。

 地元のお酒を飲んでいたミゲーラと夢華は、大分酔っているようだ。何だか視点が怪しい。


 アレクは相変わらずのノリで女性の美しさを讃えている。

 酔っているんだろうけど、やっていることは前とは全く変わらない。


 そんな中、ジェラルドが休む間もなく、すごいスピードで片付けを始める。

 この執事、どこまでも優秀だ。


 ――あ、そうだ。

 食事に夢中になりすぎて、エリーとの出来事を伝えるのを忘れていた。


 わたしは、エリーの釣果の秘密を、みんなにかいつまんで説明する。

 

 みんなの目が徐々に真剣になってくる。

 バカンスを楽しんでいるようで、やはり気に掛かっていたのだろう。


 まず口を開いたのは十萌さんだ。

「フローの範囲を、武器やアバターにまで広げる―――か。面白いわね」


 エリーが解説する。

「アバターをうまく動かせなかったときは、アバターを「道具」として捉えていたの。だけど、それを「自分の身体の一部」と思えるようになってから、自然と動かせるようになったわ」


 この中の誰よりも、を自在に動かせているエリーの言葉には、説得力がある。


 カイも頷く。

「確かに、生体バイオニック義肢なんかも、自分の手だと認識している被験者の方が、そうでない人よりも格段にうまく動かせている。それに近いのかもしれない」


 ――バイオニック義肢というのは、神経信号などを感じ取って自動的に動く義手や義足のことだよ。

 そうサラが教えてくれる。


 夢華も悔しそうに言う。

「そうね。わたしも、アバターを単なる道具としか見てなかった。でも本当は分身として捉えるべきだったのかも」


 ただ、理論上分かるのと、実際にできるかどうかは全くの別ものだ。


 十萌さんも言う。

「論より、実戦ね」


「錬司さんたちにお願いして、もう本堂にリアルアバターを設置してあるわ。早速、戻ってやってみましょう」


 ――え、今から?

 わたしたちはともかく、夢華、アレク、ミゲーラは大分酔っぱらってるような……。


「善は急げって言うでしょ。さ、車はもう上で待機してるから」

 相変わらず、怖いほどに手際がいい。


 ――こうして、わたしたちのバカンスはその短い命を終えた。

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