第38話:宝物庫

 「これが宝物庫の鍵よ」

そう言って、夏美さんは古びた一本の鍵を渡してくれた。


小さな鍵だが、その意味の重さは、剣の道を志すわたしには十二分に分かっていた。


鍛冶師一族、山野辺家の宝物庫には、1000年の歴史の中で鍛造されてきた、名剣・秘剣の数々が収められている。


その鍵を渡すということは、その当主たる夏美さんにとって、ある意味命より重いことだ。


「錬司を斬ったほどの相手よ。おそらく、竹刀で太刀打ちできる相手じゃないはず」


「相手の腕と武器次第では、日本刀も叩き折られる可能性がある。ただ、焔雲ほむらぐもなら、互角以上に持ち込めるはず」


「焔雲……?」


深山一心先生おじいさまに、神剣奉納祭で火龍の舞を踊って頂くために、私が1年かけて鍛造した刀よ」


「それって、宝物庫のどこに?」

「他の舞い手が使う、七本の刀に囲まれるようにして飾ってあるから、すぐに分かるわ」


わたしは鍵をぐっと握りしめ、決意を固める。


これ以上、問答を続ける時間の余裕はない。

わたしたちは夏美さんに礼を言い、宝物庫へと向かう。


外に出ると、既に大気は夕闇が支配しつつあった。

本堂の裏の宝物庫は、濃くて長い、不気味な影を落としている。


宝物庫のかんぬきに鍵を差し込み、力を入れて捻ると、「ガチャリ」という音と共に閂が開く。

重い扉を開くと、かび臭いにおいが鼻腔を刺激する。


薄暗い蔵の中に、ランプの燈りを灯す。


――す、すごい。


それは、圧巻の光景だった。

山野辺家の25代にわたって鍛錬されてきた刀の数々が、所狭しと飾らている。


できればずっと見ていたが、それどころではない。


「恐らく、この先のはず」

足元に気を付けながら、わたしは夢華とともに、蔵の奥へと進んでいく。


夏美さんの言う通り、焔雲の所在は一目でわかった。

注連縄しめなわでその一角が囲われ、七本の神刀に囲まれるようにして、その中心に置かれていたからだ。


鞘に納められていたにもかかわらず、明らかに他の刀と違ったオーラを放っていた。

刀も鞘も、夏美さんが精魂を込めて作ったのだろう。


わたしは手を合わせ一礼をすると、焔雲を手に取った。


ずしりと重い。

普段の竹刀の2~3倍の重さはある。


「なるほどね、確かに、竹刀よりは役に立ちそうね。相手、相当な手練れのようだし」

と夢華。


「でも、これ以上、ここで時間が使っている時間はないわ。急いで」


――そうだ。事は一刻を争う。


速足でその場を去りながら、わたしは夢華に訊ねる。


「夢華は、武器はどうするの?」

「わたしの三節棍は、既に車の中に置いてあるわ。私の相棒だもの」


 **********


 夢華が運転し、わたしたちは、白雲小学校に向かう。


 距離的には極めて近い。モノの数分で、校門まで到着した。

 カイに会いに来た日中と違い、既に暗闇に包まれている学校は、ムードに包まれていた。


 ――夜の廃校って、怖い。

 


 校門は全開になっている。


 確実に、誰かが中に潜んでいる。

「と、とりあえず、入口から入ってみる?」


 三階建ての白雲小学校の教室には、10教室ある。

 どこからも光は見えず、そのいずれも、暗く静まり返って見える。


 夢華が言う。

「相手は、ほぼ確実に私達が見える場所にいるはず。一方で、相手の場所が分からない。普通に歩いて入口から入る場合、一方的に狙われる可能性があるわ」


「……た、確かに」


逡巡するわたしたちの耳元一瞬、ジッっという音がし、カイの声が耳元に響いた。

「聞いてくれ」


わたしと夢華が付けている、スカウター型デバイスの通信機能がオンにされたようだ。


「今、学校の上空にドローンを飛ばしている。屋上と校庭に人影は見えない。映像を全画面に切り替える。自分たちでも見てみてくれ」


――ひゃっ!?


今まで透明だった右目の視界が急に切り変わり、視点が上空に切り替わる。

いきなり、ジェットコースターの頂上部分に放り投げられたような感触で、思わず身が縮んだ。


「ちょ、ちょっと!」

わたしは思わず叫ぶ。


 一方、夢華は平気な様子だ。

 確かに雑技団で高いところには慣れているんだろう。


 夢華は冷静に言う。

「確かに、上空からは誰も見えない。ドローンを各教室の窓に並行させる形で飛ばせかしら?」


「了解」

 そうカイが答えると、ドローンが一気に下降する。

 視界は、まるでジェットコースターが下降していく感じで、景色が流れる。


 酔いそうになる中で、わたしも必死に目を凝らす。


 ――ん?


 この景色って。

 確か、飛行車にのってみたときの色だ。


 あの時、何かを見たような。


「熱探知ってできるかしら?」

 夢華が言く。


「ああ、それぞれの教室は既に探知済だ」とカイが答える。


 ――熱探知という言葉は、映画やアニメなんかで見たことがある。

 暗闇の中、体温などを探知することで、生物の所在を明らかにする技術だ。


「3階の右から2番目の教室で、熱源を感知している。二つだ。横たわっている一人は、大きさからして、おそらく悠くんだろう」カイが言う。


「い、生きているよね!?」

「ああ、僅かにだが身体が上下している」


 わたしはほっと胸をなでおろす。


「ただ、廊下に伏兵が隠れている場合、探知はしきれていないかもしれない。突入には十分に気を付けてくれ」


カイの言葉を受け、夢華は声を低めて言う。

「おそらく、敵はわたしたちを、望遠レンズか何かで監視している。おそらく、今この時もね」


――向こうが指摘してきた場所だ。当然、入り口も見張られているだろう。


わたしは口を開く。

「目くらましとかって、できないかな?」


「ああ、5秒間であれば、ドローンから強力な光源を発することは可能だ」

とカイ。


夢華が感心したように言う。

「なるほど、もし暗視ゴーグルを使用している場合、一瞬でも視力を奪えるわね」


 ――あ、暗視ゴーグル?

 ああ、アニメでも出てくる、夜でも相手の位置が分かるというというやつか……。

 正直、そこまで考えていなかったけど、まあ結果オーライだ。


「分かった」

一瞬の迷いもなくそう言うと、

「では、10秒後照射する。10、9……」

と、いきなりカウントダウンを始める。


「ゼロ!」

校舎の窓に並走する形で飛び回るするドローンから、強烈な光が発せられた。


 ――わたしは、窓に反射する光がまぶしくて、目を細める。

 ただ確かに、一瞬3階の窓で、何かが動いた気がした。


「今ので敵が警戒した危険性が強い。急げ!!!」

 カイが言う。


「了解!」

 夢華がそう叫ぶや否や。


 夢華は、車のアクセルを全力で踏んだ。

 車が一気に加速する。


 廃校の正門から突っ込んだ車は、打ち捨てられたカラーコーンを弾き飛ばしながら、一階正面のガラス扉に向かって全速で疾駆する。


 ――――げ、激突する!!!

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