第2章:島と幽霊【2029年7月21日】

第4話:【29年7月21日】三式島にて

 2029年7月21日 日本・三式島みしきじま


「やっぱり、動かない地面って、最高……」


 深夜11時の東京・竹芝港たけしばこう発のフェリーに揺られて7時間。

 わたしは寝不足の目をこすりながら、朝焼けに染まる三式島みしきじまの地を踏みしめた。


 三式島は太平洋に浮かぶ離島で、中心部に噴煙を吐く活火山がある、自然豊かな島だ。

 

 地図上は東京都になっているけど、そこには都会の面影は全くない。勢いよく生い茂る木々は、むしろ南国を思わせる。

 

 島外からの交通手段は2つだけだ。


 強風が吹くとガタガタと揺れる小型プロペラ機で飛んで来るか、深夜発のフェリーに6時間揺られるか。


 飛行機の方が早いとはいえ、万が一暴風に巻き込まれた場合を想像するだけで怖い。


 その点、船ならもう少しは安定してるだろうし、一番安い席なら飛行機の半額の運賃だ。そんな理由で、フェリーを選んだんだけど、まさか隣の人のいびきが暴風雨なみにうるさいなんて……。


「サラ、三式島って、どれくらい人がいるんだっけ」

「90年代までは6千人くらいいたんだけど、30年前の噴火で全島避難した後は、一気に3千人くらいまで減っちゃったんだ」


 ……「ただ」と、サラは付け加える。

「最近はアイロニクス研究所が建てられたお陰で、少しずつ増え始めてるみたいだけどね」

 

 わたしは、朝日できらめく水面に目を凝らす。

 ――相変わらず、綺麗な海だ。


 噴火は人にとっては災害そのものだけど、人間の不在は、自然にとってはいいことらしい。生活排水がなくなったおかげで、その海は更に透明度が増したと言われている。


 そうなると、手付かずの自然に惹かれる観光客が集まってくる。再び排水は増え、海や山は元通りになる。自然と人間の終わらない連鎖だ。


「にゃん」と、メールの着信をサラが教えてくれる。


「山野辺さんからのメッセージだよ。子どもの世話で出発が遅れて、あと20分くらいで到着するって」


「ありがとう、了解って返信しておいて」


 フェリーの乗客が、埠頭で待っていたバスに続々と乗り込んでいく。船の中でも感じたけど、3年前に来た時と比べ、外国人がやたらと増えている気がする。


 これも、アイロニクスの研究所設立の影響だろうか?


 わたしはテトラポッドの上に腰掛けながら、サラに言う。

「去年の10月の、カイの日本での記者会見の映像を見せて。ハイライトでね」

「オッケー」


 アメリカで別れた後のカイの動きは速かった。


 その半年後の10月には、アイロニクス日本研究所の動きがマスコミに報じられ、記者会見が開かれていた。


 記者会見場そこには、国内外の数百人にのぼる記者が押しかけた。


――しょせん、ひと夏の学生バイトだよね。


 そう甘く考えていたわたしは、そこで初めてプロジェクトことの重大性に気づかされた。


 「世界を変えるバイト」というカイのセリフも、意外にハッタリじゃなかったのかもしれない。


「会見映像、10分にまとめたよ」

「ありがとう。流して」

 

 会見の冒頭部分が映し出される。


「質問はお一人一つまででお願いします」

 記者がひしめく会場で、司会進行役の男性が声を張り上げている様子が映る。


 壇上には、ラフな格好のカイを中心に、高そうなスーツを着た広報責任者と弁護士、そして研究者らしき白衣の女性が並んでいる。


 ただ、マスコミからの質問の9割は、ひたすらカイに集中した。


 それも当然だろう。

 今まで公にされていなかったカイの素性が、明らかにされたからだ。


 地球上で最も使われているAIサービスを提供しながら、アイロニクス社の素性は謎に包まれている。創業者のルカ・ローゼンバーグが極端なマスコミ嫌いらしくて、公の場に全く姿を現さないからだ。


 ――わたしもカイに言われて、初めて名前を知ったくらいだったし。


 そんなルカ氏の一人息子、というだけでニュース性は抜群だ。おまけにハーバード在学中の天才で、容姿端麗となれば、世界のマスコミが放っておくはずがない。


 「ローゼンバーグさん、今回、なぜこの日本に支社を作られようとされたのでしょうか?」

 若い女性記者より尋ねられると、流暢な日本語でこう答えた。


「まず第一に、日本がAIに寛容な国だからです。なんと言っても、攻殻機動隊や鉄腕アトムを生んだ国ですから」とリップサービスをする。


 こうした場におけるカイの動きは驚くほどそつがない。いつも吹かせている俺様風おれさまかぜが嘘のように、マスコミ向けの猫をかぶりまくっている。たぶん、ビジネス上の演技と割り切ってやっているんだろう。


 普段のカイはもっとドライだ。

 

 なんせ、告白してきた相手に対し、「最低限の知的会話ができない人と過ごすのは時間の無駄」と平気で言い放つのだ。


 カイを狙う女性たちにとってはお気の毒というしかない。何せ「最低限」のレベルが高すぎる。


 だから、プライベートでは、彼の周りには、女性どころか同性の友人さえ、数えるほどしかいないらしい。


 そんなカイにとっての、同じ目線で話せる数少ない友人が星なんだと思う。


 わたしから見れば、創さんとともに世界を周り、大学一年にしてメカの特許をいくつも持っている星も、十分に異次元の天才だ。


 だけど、カイはこう言い切る。

「星のすごいところは、そんななことじゃない」


 特許取得それがありきたりかどうか置いておいて、そこだけはカイに賛成だ。


 そう、星には、他の誰にもない不思議な魅力がある。

 初対面であっても、知らず知らずに相手の心を開き、惹きつけてしまうという、引力のような魅力が。

 

 実際、かつて心を閉ざしていたわたしや、反抗的だった小6のあのときカイが、気づけば星には心を許していたように、その大きくて深い瞳に見つめられるとなぜか心が動かされてしまう。


 別の記者が質問を続ける。

「日本企業との共同事業なども考えられていますか?」


「もちろんです。日本には、優れた製造技術を持つ企業が数多く存在しています」

即答するカイ。 

 

「AI技術は、物理的フィジカルな技術と組み合わされてはじめてその真価を発揮しますから。例えば、脳機能障害を負った老人、事故による半身不随の子どもたちの治療なども想定しています」


 半身不随……と聞き、わたしは、あの7歳の少女のことを思い出した。

 ――彼女は今どこにいるのだろう?


 のことが脳裏によぎり、わたしは思わず瞼をきつく閉じる。

 

「研究所の建設地として、本土ではなく、三式島みしきじまを選ばれた理由は何でしょうか?」

スマホから流れる、別の記者の声にふっと我に返る。


「研究には巨大なサーバーと、放熱を抑えるための冷却システムが必要です。三式島であれば、そのシステムを海中に設置できますから。それに、将来的には地熱発電による電力調達の可能性も考えられます」


 アメリカで、カイから候補地が三式この島だと聞いたときには正直驚いた。


 3年前、創さんの火山研究に同行することになった星から、「夏休み、どうせなら島で過ごさない?」と誘われて来たのがこの島だったからだ。


 この地で剣道師範を務める、山野辺さんの家に寝泊まりさせてもらい、地元の子どもたちと剣道合宿を行ったのは今でもいい思い出だ。


 わたしが、この怪しすぎるバイトを引き受けた理由もそこにある。


 この島で仲良くなった人達にもう一度会いたかったから。

 そして、から。


「今回のプロジェクトに、お父様の、ルカ・ローゼンバーグ氏はどう関わられているのですか?」


 今までの質問によどみなく答えていたカイの顔に、僅かに戸惑いが浮かんだ……ように見えた。ただ、それも一瞬のことだ。すぐに外向けの自信と誠実っぽさを織り交ぜた、 演者の表情に戻る。


「父は、私に全てを任せています。そのため、当研究所の所長も、私自身が務めます」


「おおっ」と集まった記者たちがざわめいた。天才に、またひとつ、マスコミ受けしやすい称号が付いたのだ。ネットニュースは、写真入りのカイの記事であふれるだろう。


 フラッシュの反射だろうか。アップで投影される映されるカイの緑青色の瞳の中で、不遜な光が輝いた気がした。

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