第15話:悪魔の笑み

「で、わたしにやってほしいバイトって、一体何なの?」


「簡単だよ」

 飄々ひょうひょうとカイが答える。


「脳波実験。人型アバターを遠隔操作するためのね」


「……の、脳波実験!?」

 全く簡単そうには聞こえないばかりか、怪しさ全開だ。


「そもそも、なんで脳波でアバターを動かす必要があるんだっけ?」


 カイがあからさまに、面倒くさそうな視線を投げかける。

 まるで「そんなん常識だろ」とでも言いたげに。


「そこらへんは、わたしから説明するわね」

 隣で成り行きを見ていた白衣のおねえさん、十萌ともえさんが、横から優しく声をかけてきてくれる。


 十萌さんは、アイロニクス研究所の首席研究員だ。

 

 この研究所ではカイの次に偉い人らしいけど、そんな雰囲気はみじんも感じさせない。


 むしろ高校時代の保健室のお姉さんを思わせる、世話好きで優しい理系女性リケジョといった印象だ。


 ついでに、ゆったりとした白衣を着ててもなお、その豊かな胸を隠せていないところも、漫画に出てくる保健室の先生っぽい。


 「まず、脳波で何かを動かすのは、人類全体にとって、すごく大きな意義がある実験なの」


――じ、人類全体?

またまたスケールが大きくなりすぎて、ちょっとばかり後ずさる。


 「例えば、パワードスーツっていって、筋力が数倍~数十倍になるスーツがあるんだけど、見たことある?」


「あ、はい。ハリウッド映画でなら」


「そう。まあ、それで世界を救うまではいかなくても、人間では持てないものを持ち上げたりすることで、救える命がある。例えば、重機が入り込めない、災害の現場なんかでね」


 ――ああ、そうか。

 それなら想像できる。過去の震災でもそれがあればもっと救えた命もあったはずだ。


「だけどそもそも、人間が肉体的に行くことが許されない、もっと過酷な場所がある。どこだと思う?」

「え、あの……、宇宙とか?」

「そう。それに火口や深海や、極寒の世界とかもね」


 ―――そうか。遠隔操作であれば、本人が行かなくても、あらゆる場所での作業が可能になる。


「でも、リモコンなんかじゃダメなんですか?脳波で直接動かさなくてもいいような気が……」


「精度の問題ね。どんな精密なリモコンを使ったとしても、脳からの指令を受け、指を経由して操作している以上、精度には限界があるの。でも脳波が直接アバターを動かせれば、数倍の精度での作業も可能になるわ」


――確かに、あの東日本大震災のとき、もしメルトダウン寸前の原発に、アバターが入りこんで精密作業できていたら……と考えると、その意義は計り知れないほど大きい。


「私たちは、3年前に作った試作品プロトタイプを使って研究を続けてきたの。でもいきなり人型のアバターを動かすのは難しいから、猫のアバターでね」


「それが、エリーの操るダイアナってわけですね」

 ようやく話がつながってきた。


「こんなの、漫画の中だけの世界だと思ってました。技術って、知らないところで進んでるんですね」

銀色に光るダイアナを見て、わたしは感嘆のため息をつく。


「実は、脳波を使った実験自体は、1960年代から行われてきたの。ただ、脳波でアバターをアルタイムかつ精密に動かためには、膨大なデータ処理能力が必要になる。だから、今まで実用化にはいたらなかった」


十萌さんはカイを見ながら続ける。

「そうした処理を、AIシステムに行わせることで、リアルアバターをほぼタイムラグなしで、操作することの可能になったの。そのシステムを開発したのがカイさんよ」


 カイが天才なのは知っている。

 ただ、その「当たり前だけど、何か?」みたいな表情が気に食わない。


 でもね、と十萌さんは言う。

「脳波を用いて、物体を遠隔操作するというのは、思いのほか難しいことなの。というのも、人の脳は、基本的に自分の身体に指令を与えることに慣れているから、“もう一つの身体”であるリアルアバターを動かすためには、専門のトレーニングが必要なの」


「それって、わたしにもできるものなんですか?勉強とか、あんまり得意じゃないんですけど」


 そう、そこがずっと謎だった。

 星はともかく、どうして劣等生のわたしまで誘われたのだろう。


 十萌さんが笑って言う。

「大丈夫よ。勉強は全く関係ないわ。必要なのは、精神力だから」


――精神力?

部活でいう根性みたいなものだろうか?


「ちなみに、初めてリアルアバターを動かすときの精神的な疲労度は、フルマラソンよりキツイ、と言われているわ」


――え、フ、フルマラソン?

「ちょ、ちょっと待っ……」と言いかけたわたしに、カイが言葉を重ねてくる。


「さっき、何でもやるって言ったよね?」

その顔には、底意地の悪い笑みが張り付いている。


それがわたしには、悪魔の笑みに見えてきた。

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