第46話:計画

「え、あのカイが、そんなこと言ったの?」

 わたしは思わず驚きの声を上げる。


 ――『君たちを護るために、世界とだって戦ってみせる』?

 北極の氷壁のように冷静なあのカイが、そんな熱いセリフを吐くとは到底信じられない。


 ――っていうか、そういうこと、わたし達に直接言えばいいのに……。

 そうすれば、いちいち誤解されなくて済むのに、といつも思う。


 そんな私の気持ちに感づいたのか、十萌さんが、保健室の先生っぽい、優し気な笑みを浮かべる。

「素直じゃないのよね。お互いに」


 ――そんなことより、とばかりに夢華が咳払いをする。


「最大の問題は、私達が、各国の機関を満足させられるだけの研究結果を上げられるか、ということね。それも帰国期限の8月末までに」


 ――8月末まで、残り22日しかない。


「満足できる結果って、具体的にどういう状態なんだろう」

ソジュンが、戸惑うように訊ねる。


「わたし達だけなら、期限までにリアルアバターを使いこなせるようになるはず。でもそれだと、遅かれ早かれ、他国の機関が、実験対象としてわたしたちを狙う可能性があるわ。だから、使


 たしかに、わたし達自身、苦心に苦心を重ねて、どうにか脳波伝達率の50%の壁を越えられたのだ。あと3週間で、他人までもできるようになるとは到底思えない。


 アレクも言う。

「仮にそうした結果が出せたとしても、国によっては、一部の政治家や科学者によって握りつぶされる可能性もある。彼らにとって、他者の知らない情報を握っているということ自体が、自分の権力を保証する手段だから」


 全員の表情が硬くなる。


「こんなこと、ネットに書き込んでも、悪質なデマと思われるのがオチだろうしね、実際あの場にいた僕たちだって、まだ十分には信じ切れていないんだから……」

 ソジュンもそう言い切る。


 ――うーん、まさに八方ふさがりだ。


 淀んでいく空気を入れ替えようと、わたしは病室の窓を開いた。


「びゅう」という音がして、風が吹きこんできた。

 窓の外に目をやると、巨大な白い雲が東京タワーの頭上を、猛スピードで流れている。


「一雨来そうね」

 そう、 夏美さんが呟く。


 古来より、漁業を営んできた三式島の民は、風や雲の動きを見るだけで、天気を予測できるらしい。


 ――あ、そうだ、雲と言えば……。

 すっかり忘れていた。


 わたしは、夏美さんに向かって頭を下げる。

「夏美さんが、せっかく託してくれた“焔雲”ほむらぐも、壊しちゃってごめんなさい」


 カミラの武器破壊グルカナイフの一撃で、夏美さんが鍛造した秘刀・焔雲は、無惨にも真っ二つに折れてしまっていた。


 夏美さんは私の手をぎゅっと握る。

「そんな、いいのよ。命がけで悠馬を救ってくれたんだから。どんなにお礼を言っても言い足りないくらい。あの子としても本望だと思うわ」


「で、でも、あれって、神剣奉納祭で使う刀だったんですよね……?」

「先祖伝来の刀を打ち直せば、儀式用の刀は準備できるわ」


 ただ……

 と、夏美さんがうつむきき気味に言う。


「そもそも、奉納祭自体ができそうにないの。島には有害なガスが立ち込めていて、立ち入り禁止になっている。それに、”舞い手”も避難でそれどころじゃなくて……」


 ――そうだ。火龍の舞には、8人の舞い手が必要だと言っていた。


深山一心先生おじいさまだけは、『別の場所に移してでも、絶対にやるべき』って言ってくださっているわ。ただ、他の7人の舞い手がいないことには、ね……」


 今は一時的に都内のホテルに避難しているものの、今後、彼らは親族などを頼って、各地に散っていくはずだ。「舞い手としての訓練を続けてくれ」とは、とても言えない状態らしい。


「でも、神剣奉納祭この儀式って、もともと千年前の三式山の噴火の時に、火の神を鎮めるために行った儀式ですよね。再び噴火した今だからこそ、やる意味がある気がするんですけど……」


「そうね。代々続いた儀式を、私の代で途切れさせるのは正直悔しい。ましてや、今年は千年の節目だから。だけど、島には入れず、舞い手もいないんじゃ、ね」

 夏美さんは、無念そうに唇をかむ。


 わたしは、思わず縋るように十萌さんの方を見る。

 なんだかんだ、今まで煮詰まったときに、突破口を見つけ出してくれたのは十萌さんだったから。


 懊悩するわたしたちに、やがて十萌さんが決意を込めた表情で言う。

「たった一つだけ、方法があるわ」


 ――え?

 わたしたち全員の視線が十萌さんに集まる。


「8月末に神剣奉納祭を三式島で行い、同時に各国の政府機関も納得させられる方法が、ね」


 わたしたちの視線が、さすがに懐疑の色を帯びる。


「そんな都合のいい方法なんて、本当にあるの?」

 みんなの気持ちを代表するように、夢華が口を開く。


「ええ、実はカイさんがわたしと星くんに、言い残していったの。ただ、リスクもあるから、最終的に決めるのはみんな自身よ」

 そう言って、十萌さんはバーチャルプロジェクターを立ち上げる。


 ――30分後。

 二人のプレゼンを聞き終えたわたしたち全員、呆然としていた。

 十萌さんと星の計画はなしが、あまりに想像を超えた内容だったから。


 ――確かに、理論上は不可能ではないかもしれない。

 ただ、あまりに話のスケールが大きすぎて、リアリティーが沸かない。


「……こ、これって、本当に実行可能なやれるの?」

 いつも一番楽観的なミゲーラでさえ、そう呟くほどだった。


 お互いの顔を見合わせるわたし達に、星が言葉をかける。


「カイはこうも言っていたよ。『みんななら、きっとこの計画を選び取ってくれるはず。なぜなら、自分たちで未来を切り拓く、強い意思を持っているから』」


 この言葉で、みんなの瞳に、ゆらりと意思の炎が灯ったようだった。


 今までじっと話を聞いていたエリーが、初めて口を開く。

「わたしはやるわ。今まで、リンちゃんやカイさんに、生きる希望をもらってきた。それを、少しでも返したいから」


深山一心おじいちゃんには会ってみたいと思ってたしね。腕前を試す、いい機会だわ」と、夢華も続く。


「ま、とりあえずやってみるか!」

 ミゲーラも、いつもの軽やかな口調に戻っていた。


 ソジュンやアレクもそれに同調する。


 わたしは、夏美さんを見つめる。

「わたしもやるべきだと思う。だけど、これには、おじいちゃん、そして悠馬くんの力も必要となる。ただ、何よりも、夏美さんの意思が大切だと思う」


 夏美さんは、僅かな躊躇さえも見せずに、はっきりと答える。

「山野辺家25代目当主として誓う。先祖の名に懸けて、必ず、やり遂げてみせるわ」


 十萌さんがにっこりと微笑む。

「カイさん、聞いてた?」


「ああ」とスピーカーからカイの声が聞こえる。


 ――え、ちょっと、この話、いつから聞いていたの!?


 わたしの声を無視し、カイが続ける。

「現時点をもって、本件を最重要プロジェクトと認定し、アイロニクス社の総力を挙げて実行・支援する。プロジェクト名は、FIREファイア DRAGONドラゴンだ」


「了解。すぐに全グループに指示します」

 十萌さんが答え、コマンドを入力する。


 画面が、カイの乗る車のドライブレコーダーの映像に切り替わる。

 目の前に、テレビで見覚えのある建物が浮かび上がる。


 ――え、あの建物って、国会議事堂!?


「これから創さんとともに、風間首相と橘長官と面会する。だからね。まずは、日本国政府の支持を確保しておく必要がある」


 こうして、わたしたちと、そして世界の命運を分けることになる計画プロジェクトは始まった。

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