第6章:神剣奉納祭 【2029年8月8日】

第47話:PROJECT “FIRE DRAGON”

「じゃ、改めて、今回の計画プロジェクトについて、詳しく説明するわね」

 十萌さんが言う。


「ぜ、ぜひお願いします……」

 ――やる、と宣言したものの、正直、話が壮大すぎていまだ頭が着いていけてない。


「まずは、今回のゴールは、二つよ。一つは、今回の脳波によるアバター操作研究の結果を、できるだけ多くの人に届けること。特定の国の政治家や科学者に握りつぶされない形でね」


 十萌さんは続ける。

「そして二つ目は、千年目を迎える神剣奉納祭を、無事に執り行うことよ。ここまではいいわね?」


 全員が頷くのを見ると、十萌さんは、バーチャルプロジェクターを操作し始める。

「そして、実現のための3つのステップはこちらよ」


 曰く……。


【ステップ1】

 火龍の舞の儀式は、鎌倉の禅寺で執り行う。

 8人の舞い手は、深山一心に加え、脳波実験に参加したエリー、夢華、ミゲーラ、アレク、ソジュン、悠馬、そして深山リンとする。


【ステップ2:】

 三式島に、舞い手の8体のリアルアバターを搬送する。

 鎌倉にいる舞い手と、アバターとを脳波をシンクロさせ、遠隔操作することで、を同時に執り行う。


【ステップ3】

 40億人が使うアイロニクス社のカスタマイズAIをジャックし、特設の4Dの電脳空間に誘導する。

 そこで、火龍の舞のライブ中継をデジタル配信するとともに、舞い手の脳波データを全世界にリアルタイムで公開する。


 ――う、うん。

 十萌さんの説明に、わたしは曖昧に頷く。

 ぶっちゃけ、横文字だらけでよく分からん!


 そんなわたしの様子を見て、十萌さんは言う。

「ま、簡単に言えば、8月31日に、火龍の舞を、鎌倉、三式島、そして電脳空間の三カ所で、同時にリアタイで行うってことね」


 ――か、簡単って言われても……。


 他のみんなをチラ見する。

 みんなの表情にも?マーク疑問符が浮かんでいるようだ。


「ステップ1の『火龍の舞』って、エリーもできるのかな?僕たちは問題ないだろうけど……」

 プロのダンサーのミゲールが、そう言って、ちらっと車椅子のエリーを見る。


 十萌さんが答える。

「エリーには、自立歩行が可能な、脳波で動かすパワードスーツを準備してあるわ。もちろん訓練は必要だけど、今のエリーなら、きっと使いこなせるはず」


 エリーも力強く頷く。

「ええ、自分の足で立つのは、私にとっても長年の夢だもの。絶対にやってみせるわ」


 ソジュンが、疑わし気な表情で口を開く。

「ステップ2の中の "僕たちがアバターを脳波操作する"ってとこは問題ないと思う。全員、脳波伝達率も50%を超えているしね。でも深山一心リンのおじいちゃんって人、本当に大丈夫なの?アバター操作、やったことないんでしょ?」


 半信半疑のソジュンに、そうわたしは答える。

「常にゾーンに入っているような達人だから、たぶん大丈夫だと思う」


 ――ぶっちゃけ、確証はない。けど、ここはおじいちゃんを信じるしかない。


 夏美さんも頷く。

「アバターの操作は分からないけど、火龍の舞に関しては神憑かみがかっているわ。あれほど無駄がなくて美しい舞は見たことがない」


 夢華も尋ねる。

「鎌倉で儀式を執り行う理由は?三式島に近いからかしら?」


 十萌さんは言う。

「当日は日本国の通信衛星を経由して脳波をアバターに届けるから、距離はさほど重要でないわ。鎌倉にしたのは、三式島を除けば、この儀式に最もふさわしいと思われる場所だからよ」


 そういって、キーを押すと、1枚の壮麗な禅寺が映し出された。


「ここって……」

 夏美さんが感嘆の声を上げる。

「確かに、ここであれば、千年の節目を迎えるのにふさわしいかもしれない」


 歴史に詳しくないわたしでも、その寺の写真は見たことがあった。

 和風建築好きのアレクも、目を輝かせている。


 最後にわたしが、一番気になっていたところを訊ねてみる。

「このステップ3の40億人のカスタマイズAIをジャックするって、現実的なんですか?」


 もともと、観客がいても数百人だと思っていたのに、一気に0が7桁ほど増えている。

 世界のスマホの全人口に近しい数のユーザーに同時にアクセスするなんて、気が遠くなる話だ。


「ええ」

 と十萌さんはこともなげに言う。


「だって、アイロニクス社うちのAIが制御しているのんだもの。みんなが普段使っているパソコンやスマホのOSだって、自動的にアップデートさせられることがあるでしょ。それと一緒よ」


 ――確かに、操作もしてないのに、時々勝手にプログラムが動いていたりする。


「もちろん、膨大な回線と電力を使うから、事前の日本政府への根回しは必須だけど……ね」


 アレクも同調する。

「なるほど……。40億人に直接公開したら、どんな政府機関であっても、情報は握りつぶしようがないからね。ただ、これだけの規模の作戦オペレーションだ。そのタイミングで世界中のハッカーが狙ってくるだろうけど」


「ええ。そこは、アイロニクスのセントラルAIと、カスタマイズAIサラたちの腕の見せ所ね。いずれにせよ、人類史上初のオペレーションになることに間違いはないわ」


 十萌さんは少しだけ不敵な笑みを浮かべる。

 そして、みんなを見渡して、こう言い放った。


「さあ、覚悟はいいかしら?決行日は、2029年8月31日。ここで、、火龍の舞をお披露目するの」


 ここまできたら、全力は尽くすしかない。その覚悟は固まっている。


 それにしても……とわたしは思う。

――今までネット配信さえしたことのない、わたしみたいな一般女子大生が、いきなり40億人に向けて生配信するだなんて、いったい誰が信じられるだろうか?

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