第39話:廃校にて
――ヤバい、ぶつかる!
そう私が身構えた瞬間、夢華はハンドルを右に切った。
同時にブレーキをかけたのか、「キキー!」という音と、同時にタイヤがこすれる音が響く。
わたしが思わず目を閉じようとすると、正面玄関に横づけする形で止まった。
私の方の助手席ドアと、玄関の隙間は30cmくらいしかない。
「急いで降りて。こっちのドアからね」
と夢華が運転席のドアを開けながら言う。
「わ、分かった」
わたしは身をかがめ、運転席の方から車の外に出る。
「カイ、一階に熱反応はある?」
と夢華。
「確認する。君たちの「左目」を暗視ゴーグルに切り替える」
わたしたちのVRスカウターが、暗転する。
熱反応は見られない。
「1階の廊下には熱反応ない。ただし、教室に隠れている可能性は否定できない。だから警戒は決して怠るな」
「了解。リン、日本刀をもって」
三節棍を手にしながら、夢華が言う。
わたしも慌てて焔雲を手を取り、紙紐をほどき、腰の部分に括り付ける。
「突入するわ」
夢華は言うと、車のボンネットの上に飛び乗ると、正面玄関の扉を力を込めて蹴る。
――がんっっんと音がなったが、ドアは意外にも素直に開いた。
どうやら、鍵はかかっていなかったようだ。
既に夕日は完全に落ちている。
廊下はかろうじてランプの灯に照らされているものの、教室は完全に闇に飲まれている。
歩を進めるたびに、木製の廊下が、ぎしっ、ぎしっと不気味な音を響かせる。
――もし、一人だったら、恐怖で先には進めなかったかもしれない。
先を行く夢華の背中を見ながら、そう思う。
もしかしたら夢華も怖いのかもしれない。
でも、それを微塵も感じさせない強い意思が、そこから放たれている。
「早く、三階に!」
「ええ、どこに誰が潜んでいるかもしれない。だから、最短距離で行くわ」
カイから指示が入る。
「前方10m先に、廊下がある。ターゲットの教室は、3階まで昇り終えて5mほど右に曲がったところだ。障害物のせいで、熱探知ができない」
「了解。不意打ちを狙うとすると、階段の陰か、もしくは登り切ったところなはず。だから、階段を全速力で駆け上がるわ。私についてきて」
「GO!」
そう叫ぶと、夢華は跳ねるように階段を上り始める。わたしはそれを必死で追う。
1回、2回、3回、4回、5回、角を回ったところだろうか?
廊下に飛び出た瞬間、カイが叫ぶ。
「熱源、前方に1!ライトを照射する!!」
私たちは目を凝らしながら、左右に武器に手をかけた。
カイのドローンが照射した先には、黒づくめの女性が浮かび上がってる。
相手もサングラス――おそらく夜目の利く、光学性デバイスだろう――をしていて、顔は分からない。
彼女が、錬司さんの言う「ラテン系の女性」だろうか?
「Hey, hey, don't be so cautious. (おいおい、そんなに警戒しないでくれよ)」
と、どこかおどけた感じで、その女は言う。
――あれ、この声、どこかで?
そして次の言葉にはっとする。
「リンちゃんとは、完全な初対面ってわけじゃないんだし」
顔見知り?わたしはまじまじと、相手を見る。
ただでさえ暗がりな上、暗視ゴーグルで顔は分からない。
「ま、
――あ。
私は不意に思い出す。
その声に、開放的な胸元、そしてウェーブのかった髪を。
1年前、アメリカのスタバで、星をナンパしてきた南米系の女性だ。
わたしは、そのことを、カイとリンに日本語で伝える。
ゴーグル越しにカイのつぶやきが聞こえる。
「全ては前々からの計画通りってわけか」
そんなわたし達の緊迫感をよそに、カミラは軽く言う。
「ま、廊下じゃ何だし、中入りなよ」
そう言って、タバコに火をつける。
「悠馬くんもそこにいる」
がらがらと、ひときわ大きい音を立て、女が教室のドアを開ける。
わたしたちは警戒しつつ、後を追う。
教室の中には、薄明かりが灯っていた。
ずいぶんと古風な、オイル式のランプで、火が揺らめいている。
その廃教室には、既に机も椅子は撤去されていた。
だが、なぜか教卓だけが、ぽつんと取り残されている。
一段高くなった教壇の上に、人影が横たわっている。
――悠くんだ。
わたしは思わず駆け寄る。
胸に耳をやると、心音はあった。
「安心しなよ。疲れて眠ってるだけさ」
教室の窓を開け、タバコの煙を燻らせながら、女は言う。
夢華が、音を立てずに、女に一歩近づく。
三節棍の間合いまで、あと二歩。
「動くな」
鋭く女は言う。
「そこはもう、私の間合いだ」
カッと音が響き、夢華の足元に何かが刺さった。
ナイフというには短すぎる。
ボウガンの矢だ。
――どこから?
そもそも、カミラは投げる動作さえしていない。
「この教室には、仕掛けが施している。脳波が
この暗闇だ。
仕掛けを見極めるのは至難といっていい。
「で、私達をここに呼んだ目的は何なの?」
夢華は再度問う。
「襲うなら、もっと違うやり方もできたはずでしょ?」
カミラは笑う。
「いいね、話が早くて。あんたとは気が合いそうだ」
再び、煙をくゆらせるカミラ。
「スカウトだよ、あんたたち二人のね」
――は?
「私の
――スカウト?ミリオンって、たしか百万円?
話の展開に追いつけなくなってきた。
「
夢華が言う。
――え?ドルって……。じゃ、1億円以上!?
わたしは、ますます混乱する。
「で、具体的に何をやらせたいの?わたしたちに」
夢華の問いに、女を答える。
「簡単だよ。ローゼンバーグじゃなくて、
――わたしたち?
「あんたたちは誰なの?」
わたしは聞き返す。
「脳波でのリアルアバター技術っていうのは、あんたたちが思っているよりも、よっぽどデカいビジネスってことさ。そこに群がる連中は吐いて捨ているほどいる。それこそ、貴族から、成金までね」
「金目当てってこと?」
「わたしの雇い主は、100万回生きても、使いきれない金を持っている。それこそ、猫もびっくりするくらいのね」
「じゃ、目的は何なの?」
「自由だよ。もし、この技術を、
カイが言う。
「戯言だ。耳を貸す必要はない」
「だとしてもそんなの、自分たちでやればいいじゃない!わたしたちや悠くんを巻き込まないでよ」
女は、短くなったたばこを窓の外に捨てる。
「ああ、そう思ってたさ。今まではね。ローゼンバーグは、AI研究では抜きんでているが、脳波研究の分野では新参者にすぎない。正直、眼中になかったよ」
そう言って、二本目のたばこに火をつけた。
「ただ、カイ・ローゼンバーグの才能だけには、目をつけていた。なんて言ったって、0からカスタマイズAIのモデルを作り上げた男だからね。だから、監視はさせてもらっていた」
「それが、偵察用のトンボってわけね」
と夢華。
「あれ、ああ見えて結構高いんだぜ」
とカミラは嗤う。
「だがな、昨日の発見は、私たちにとっても見逃せなかった。まさか、「共振」によって、脳波が増幅させられるとは、正直、予測外だったよ。これができるなら、世界中のロボット開発に革命が起こせる」
カミラは高ぶったように言う。
「だから、悠馬くんには、
わたしの心が怒りで波立つ。
「だから、誘拐したってわけね。錬司さんを傷つけてまで」
カミラが、肩をすくめる。
「はじめは、ちゃんと話をしたさ。悠馬君と美紀ちゃんをお借りしたいってね。ただ、聞く耳をもたなかったんでね。ちょっとだけ手荒な方法を使わせてもらっただけさ」
夢華が氷のように冷たい視線をカミラに送る。
「こんな方法で、わたしたちが協力すると思ってるなら、舐められたものね」
「このまま、あんたたちが、ローゼンバーグに騙されて続けるのをみちゃいられなかったのさ」
――騙される?
「なあ、ローゼンバーグのぼっちゃんよ。どうせ、この会話も聞いているんだろ」
カミラはあざけるように言う。
「二人に、言ってあげたらどうだ。あんたたち一族の真の目的ってやつをよ」
――真の目的?
カイがわたしたちに端的に言う。
「あとで話す。
――全く、
だけど、今やることは1つだけだ。
「
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