第59話:常在戦場

 隠れ滝を潜り抜け、洞窟から足を踏み出そうとした瞬間。


 前を歩く夢華が瞬時に三節棍を振りぬいた。

 何かを弾くような音がする。


 私も慌てて、竹刀を構える。


 ――襲われた?


 夢華はこともなげに言う。

「ソジュンよ。10時方向から狙撃されたわ」

「え、何でソジュンが?」


「ああ、ソジュンとアレクには、いつでも私を狙撃してって、伝えてあるの」

「え、どうして? おじいちゃんと相対するだけでも至難なのに」


 夢華は呆れたように言う。

「あのね、実際の戦場に立った時、相手が一対一で向かってきてくれると思う?」


 不意に、以前、カイが私に言い放った言葉を思い出す。

『大切な人が銃で襲われたとき、同じこと言うつもり?』


 ――何でわたしは、いっつもこうなんだろう。

 自分なりには真剣なはずなのに、みんなの覚悟に触れるたびに、自分の甘さに気づかされる。


 落ち込むわたしを見て、ふぅっと夢華がため息をつく。

「ま、仕方ないか。命がけの競争が少ない国で育ってきたんだものね」


 反論しようとする。……が、言葉がでない。

 世界には、日々の食べ物や安全な住居を、子ども時代から奪い合う国が、確かに存在する。


 片や日本は、かつて「戦争」と呼ばれた大学受験でさえも、全入時代となって久しい。


「ついてきて」

 そういって、夢華は踵を返す。


「命を懸けざるを得ない場所に、案内するわ」


 **********


「ここであれば、、ができるはず」


 険しい山の斜面を登った場所に、滝の頂上その場所はあった。


 わたしは眼下の滝つぼを見下ろす。

 その高さに足が震える。


 ここで戦って落ちれば、命の危険性さえある。


「あなたは、気持ちにムラがありすぎる」

 そう夢華は言う。


「カミラのようなが来た時に、ようやくスイッチが入る。けど、ほとんどの時間はフローにもゾーンに入ることなく、ただ漫然と過ごしているだけ」


 ――う。

 反論できない。


「カミラの場合は、始めは殺意が無かった。だからゾーンに入るまでの時間が稼げたの。だけど、本当に危険な敵は、殺意さえも見せずに相手を殺している」


 思わず背筋がぞっとする。

「そ、そんな人なんて本当にいるの?」


「あなたが知らないだけ。まるでテトリスのブロックを消すかのように、何の罪悪感もなく人を消せる人は、どの国にもいるわ」


 例えば、と言って、夢華は上空を見上げる。

、奴らのようにね」


 わたしも思わず上空を見上げる。

 一羽の鷹らしき鳥が、上空を舞っている。


 ――ん?

 よく見ると、飛び方が不自然だ。

 自然の鳥が風に乗って前や前後に飛ぶのに対し、あいつは上下に旋回し続けている。


 ――まさか、あれもドローン?

 だったらここで戦うのもまずいんじゃ……。

 そう思った瞬間、夢華が叫んだ。


「アレク!」


 刹那、夢華の背後の茂みから人影が立ち上がり、上空に向かって棒状の何かが放たれた。

 ――あれは、矢?


 その矢は、まっすぐに宙を切り、見事に鳥型ドローンを直撃する。

 それは糸が切れたタコのように浮力を失い、近くの森に墜落する。


 アレクが茂みから出てくる。

 普段は整えている髭が、だいぶ無精髭に変わってきている。


「いつから気づいていたの?」

「もちろん初日から。ここに登ったときからね」


 アレクは答える。

戦場バトルフィールドを俯瞰で把握することは、戦略立案の基本だからね」


 わたしが闇雲に山の中を歩き、おじいちゃんに5回も倒されていたその日、アレクたちは既にこの森の全体像を掴んでいたのだ。


 夢華も言う。

「……というか、見張られていないと思う方がおかしいわ。これだけ世界に注目されておいてね。ただ、高度を保っているドローンを打ち落とすのは難しい。だから


 ――誘い出す?


 混乱してきたわたしに、アレクが解説してくれる。

「森の中の戦いは、木が邪魔になってドローンのカメラは捉えられないからね。遮蔽物のない滝の上での戦いは、敵にとっては録画の絶好の機会になる。そこで、ドローンも近寄ってきた隙を狙って射落としたってこと」


「いつの間にか話し合ってたの、そんなこと?」

 わたしは驚愕する。


「別に。ただ、アレクであれば、そうするだろうと思っただけよ。後ろからつけてくる気配は感じていたしね」


 アレクは肩をすくめる。

「信じてくれたのは光栄だね。ただ、俺は、二人の戦いを特等席で見てみたいと思っただけさ」


 そう言って、河原の岩に腰掛ける。


 ――え?やっぱり、本当に戦うの?

 てっきり、ドローンを撃ち落とすための演技だと思ったのに……。


「さ、邪魔者もいなくなったことだし……」

 夢華は三節棍を構える。


「始めるわよ。命懸けの戦いを」

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