第21話:誰か

 その後の一週間、わたしたちは何度もBrainWave Battleゲームを繰り返した。ただ、その間、一度もさっきの領域ゾーンに入れていない。


 みんな口々に、「どうやったの」と聞いてくる。でも、わたし自身よく分からないので、再現しようがない。


 ただ、対戦相手の特徴や手の内が分かってきたので、対策が打てるようになってきた。


 カポイエラ使いのミゲールは、独特のリズムで攻撃してくるけど、逆にリズムが読めれば対応は比較的容易い。


 狙撃手のソジュンと、弓の射手のアレクはスタート時点で間合いを一気に詰めることと、狙いを定めさせないことが肝要だ。


 この三人には、三日目には何とか勝ち越せるようになった。


 エリーとはあの後は真剣勝負はしていない。互いの剣技を高めるために、色々な技の練習稽古をしているといった感じだ。

 

 一方で、夢華は、私にとって相性がかなり悪い。


 変幻自在の三節混は、途中で軌道が変わるので、直線的な動きを想定している剣道の防御がかいくぐられるのだ。

 しかも、アクロバティックな動きで、地面すれすれや、空中からも攻撃を加えてくる。


 結局夢華には、一週間、一度も勝てなかった。

 そんなわたしに、夢華は失望の色を隠さない。


 「思ったより、全然大したことないわね。ほんと、なんであなたなんかが選ばれたのか分からない」

 

 確かに、わたしは、カイの友人としていきなり連れて来られただけだ。

 以前から訓練に参加し、勝ち抜いてきたみんなとは、経験も覚悟も違う。


 特に、14億人いる中国の雑技団のエースなら、国を背負っているようなものだろう。

 

 だけど、ここまで言われると、さすがにちょっと傷つく。

 

 だって、夢華は、わたしだけでなく、他の誰にもほとんど負けていないんだから。

 何でわたしだけにこんなにキツく当たるんだろう。


 ……ふと。

 わたしは、脳裏に浮かび続けているある可能性に、思いを巡らす。


 あのとき、錬司さんが言っていた「人を倒す訓練を受けた外国人」というのは、もしかしたら、このメンバーの内の誰かじゃないだろうか。

 

 もちろん、信じたくはない。

一週間も一緒に暮らしていると、やっぱり情が湧いてくる。


 反面、どうしても否定できない疑問がついてまわる。


 なんせ、人口3000人の島だ。

 錬司さんが危険視するほどの腕前の外国人が、そうそういるものだろうか。

 

 でも、もしこの中の誰かだとすると......。

 それは一体誰なんだろう?


 ************ 

 2029年7月29日


「おつかれさま。いよいよ明日からリアルアバターを動かすから、今日はゆっくり寝てね」 


 夜9時。夕食を終え、そんなことを考えていたわたしに、缶ジュースを手渡してくれる。

 

 確かに、この1週間でかなり疲労がたまっている。


 ただ、カイというスパルタ上司の下で、わたしたちのために、ほとんど徹夜でデータ収集をしている十萌さんたちの様子を見ると、とても弱音は吐けない。


「十萌さんって、なんでカイの手伝いをしているんですか?」

わたしは十萌さんに尋ねる。


「なんでって?」

十萌さんはわたしの目を覗き込んでくる。


「あ、いや、ああいう性格の上司に付き合うのって、すごい大変だな……と思って。完全に唯我独尊ゆいがどくそんじゃないですか、あいつ。しかも、やたら上から目線だし」


 わたしはまだ同年代だからまだいいけど、十萌さんは一回りくらい年上なはずだ。天才で上司とはいえ、あんな偉そうな態度を取られ続けていたら、色々不満が溜まっていてもおかしくない。


「そうね……」

とちょっと考え込む十萌さん。


「もしかして、十萌さん、カイのこと、ちょっと好きだったりします?」

 わたしは、気になっていたことを、単刀直入に切り出した。


 十萌さんは一瞬ぽかんとし、やがて笑い始めた。

「またまたぁ。わたしのこと何歳だと思ってるのよ?」


「え…。28歳くらい?」

 わたしは素直に心の内を答える。高齢化社会において、10歳くらいの年の差恋愛なんて誤差みたいなものだ。


 十萌さんが驚いた表情を浮かべる。あ、まずい。もう少し下だったか。


「はは、ありがと。でも、今年で39歳。あなたたちの倍ね」

 わたしは言葉を失う。


「み、見えないどころの話じゃないです」

「ま、色々、科学の力を借りてるからね」

 と嘘かホントかわからない冗談を言う。


「じゃ、なおさら、よくカイに付き合ってられますよね。わたしなら、どう考えてもひと夏のバイトが限界です」


 十萌さんはまたクスッと笑って、ちょっと真顔になる。

「ま、お父さまと約束したからね。きちんとカイさんのこと面倒見るって」


 ……お父さまって、もしかして。

「あの、ルカ・ローゼンバーグさんですか?アイロニクス社を作ったっていう……」


「そう。わたし、もともとお父様の秘書だったのよ」

 わたしはとたんに興味がわいてきた。


 各国の首脳でさえもその素顔を知らないと言われている、アイロニクス社総帥・ルカ・ローゼンバーグ。

 初対面のとき、父親について触れてとたんに不機嫌になって以来、カイには聞けないでいる。


「ルカさんって、どういう方なんですか?」

 どういう教育を受けたら、カイのような子に育つんだろう。


「うーん、説明が難しいわね」

 何でも明快に答えてくれるリケジョの十萌さんとしては珍しい。


「言うなれば、徹底した合理主義者かしらね」

「たしかに、カイもそんな感じですもんね」


「いや、カイくんなんて可愛いものよ。好きなことと、好きじゃないことがはっきりしているし。顔によく出るしね。ま、本人は自覚しきれていないみたいだけど」


「じゃあ、ルカさんは?」

「お父様は、例えば、自分ひとりが死んで、世界が生き残るなら、迷いもなく死を選ぶ人」


 それだけ聞くと、何だか自己犠牲精神に溢れたいい人に聞こえる。

「そういうすごい人って、いますよね。」


「じゃあ、地球人口の51%を生き残らせるために、49%を殺さなきゃいけないとしたら?」

 急に物騒なことを言い出した。


「いや、それは……」

 わたしは答えに窮する。


「あの人は、迷いもせず、51%を生き残らせる道を選ぶ人よ。例えば、49%の中に、自分や、自分の家族がいようとね」


 わたしは、さすがに背筋が寒くなっって、

「たとえ話、ですよね?」

 と、おそるおそる尋ねる。


 十萌さんは、ふふっと笑う。

「もちろんよ。そもそも、そんな状況、あり得ると思う?」


 確かに、そんな状況が起こりえるわけない。人類の行く末は、ゲームではないんだから。


「でもね……」

 と十萌さんは再び真顔に戻る。


「もしも、もしもだけど……。将来、カイ君がそうした選択に迫られたとき、そばに寄り添ってあげてくれる?あなたと、星くんは、彼にとって本当に数少ない親友なんだから」


「親友」というストレートな表現に少し戸惑う。

 星はともかく、カイがわたしを親友とみなしているようには、到底思えないから。

 

 ただ、十萌さんの表情があまりに真剣だったので、

「はい。もしあいつが変な方向に行きそうだったら、竹刀でどついて、引き戻してやります」

 と答える。


「ふふ、ありがとう」

 十萌さんは笑顔に戻り、すくっと立ち上がる。


「さてと、じゃあ、準備の続きをしてくるわね。また明日」

 

十萌さんが去る。

後には、ほのかにバラの残り香がした。


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