第54話 這い寄る暗殺者
俺が認定された聖人とは、当代でも最高位の回復術師とされ四肢の欠損を治し極めれば、巫女や聖女のように死者の蘇生すら行えるとされる。
聖人は一騎当千の超人には及ばないものの、多数の兵や騎士を即座に戦線に投入できると言う数の強みを持っている。
また兵や民の精神的柱であると同時に権力者が喉から手が出るほど欲しがる健康長寿を手助けできるため、神殿や王侯貴族は何としても自分の手元に置きたがる人員だ。
神殿としてはこれ以上ないカタチの現世利益だ。
コッロス公爵家を嫌っているとは言え神殿が保有していることになっている聖人級回復魔術師を逃し、他の神殿から攻撃されるぐらいなら殺そうと考えてもなんの不思議もない。
もしかしたらあの神殿長・公爵家に取られるぐらいならと言う勢力かもしれないが……。
急にマシになったベッドに横たわっていると空気の変化を感じ取った。
普段であれば見逃してしまうような僅かな違和感だった。
ベネチアンの街は人口が多くオマケに、魔石灯や豊富な油による灯によって人々は眠らない。
そして屋敷は騎士や兵士が詰めている兵舎や巡回の者が出入りするためよほど変な動きをしないかぎり見逃してしまう程度の違和感だった。
しかし俺は見逃さなかった。
ここ最近聖人級に認定されたことで屋敷での待遇はさらに改善し気が立っていたのだろう。
俺の【魔力探知】は休載漫画の技能の『
この技能故に、『スカウト泣かせ』『
全ては現代魔術(
変化させ伸ばした触手の一つに侵入者を感知した。
「見つけた暗殺者か……数は少ないな……」
感知されたことに気が付いたのか侵入者の足が止まる。
魔術師だからあるいは感によるものだろうか? 否、今はそんなことはどうでもいい。
相手が慎重で侮れない難敵だということだけでも判ったからだ。
懐かしい。魔族だけではなく破戒僧や不良貴族や王族から暗殺者を差し向けられることは何度もあった。
そのたび撃退してきた俺達に不覚はない。
今日の当番のイオとクレアに一声かけ寝間着のまま外に出る。
「少し夜風を浴びて来る」
「御供します」
そう言って壁に立てかけられた
「いや一人でいい。クレアは隣の部屋で待機イオはベッドで寝ていろ」
「「判りました」……」
二人の反応は対称的だった。
クレアは不承不承と言った様子だがイオは、信頼しているが故の態度だ。
二人とも見た目がいいから余計に可愛く見える。
外にでると磯の匂いに交じって生暖かい不快な風が、仄かな血の匂いを運んできた。
あくまでも比喩表現で実際の匂いではない。
気配と言い換えていいそれは、屍の山を築いた人間なら感知できる気配だ。
懐かしい前世の出来事を思い出した。
魔族や遠征先で偶然見つけ不正を追及したら逆上した貴族、破戒僧によく暗殺者を差し向けられたものだ。
日常ってものは非日常があるから際立つ逆もまた然りだ。
さきほどまで吹いていた生暖かい風は、ピタリと止み上空に浮かぶ二つの月は、流れた雲によってぼんやりと滲んで朧月になる。
明るかった夜は一気に暗くなり、虫のさざめく声がピタリと止んだ。
虫のような弱い生き物は殺気を感じると声を殺し、微動だにせず種類によっては死を偽る。
つまり暗殺者が動いたのだ。
闇に紛れ男が現た。
よく訓練されているのか足音を立てずに走ってくる。
暗殺とは闇夜に紛れて殺すだけでも、寝首を掻くだけでもない。
暗殺対象を排除すればそれは、爆殺だろうが失脚だろうがなんだっていいのだから……。
男は槍を突き出した。
カーン。
「――ッ!?」
甲高い金属音を立てて【アイテムボックス】から取り出した愛刀が刺突を逸らした。
間髪を容れず互いの二撃目がぶつかり合った。
甲高い金属音を立てて互いに斬撃を斬り結ぶ。
槍はその形状的な特性で突き以外の攻撃速度は、予備動作が大きいため見てから動きを予想できる。
だから間合いでは劣るものの俺の斬撃の方が早いっ!
暗殺者に袈裟斬りを放つが後方に跳ぶことで躱かわされた。
しかし薄皮一枚程度は斬れた。
「本気をだしていないとは、いえここまで出来る使い手を有しているなんて俺を狙っているのは相当力のある組織のようだな」
「……」
「なんだお喋りには付き合ってくれないのか? 不愛想な野郎だな」
戦闘中の会話の目的は時間を稼ぐためであったり、相手の動揺を誘うためだったりあとは単純に情報を探るためとさまざまな目的がある。
今回時間を稼いだのは情報を探るためと、単純に隠れた敵を探すためだ。
恐らく優れた感知能力を持っているのは眼前のこの男だけ、他は能力はあれど超一流にはなれない奴らと言ったところだろう。
部下思いの良い上司だ。
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