第69話 英雄と大英雄
俺はナオスが苦手だ。
整った容姿に術師としても剣士としても、薬師とも優秀なその技能には嫉妬を通り越した感情さえ覚えるほどだ。
……と言うか誰だってそうなると思う。
世間的には愚弟達でさえも、独立した家を建てられるぐらいには優秀と言われている。
彼ら彼女らがそう言う評価をされるのならナオスは、国すら興せるレベルの大英雄だ。
大英雄でも初陣の勝率は低い。
俺に出来ることはこの特別優秀な弟と良好な関係を築くこと、大成することを助け早く愚かな家から遠くに行ってもらうことぐらいだ。
「ナオスお前には損な役割を押し付けた。せめてもの罪滅ぼしだ初陣の心構えを教えよう」
「……心構えですか?」
『聖人』と言う立場は兵を安心させる。
ナオスは自分以外に指揮官がいるのだから、心構えなど必要ないと考えたのだろうが『聖人』と言う御旗だからこそ必要なのだ。
「戦場では何が起こるか判らん。開戦前の情報に齟齬が生じ、それを鵜呑みにして戦いを始めれば、負けるなんてことは良くあることだ。安全圏にいると思い気を抜けば、突如として敵の精鋭が襲い掛かってきて全滅なんて日常茶飯事だ」
目を瞑り絞り出すように、努めて平坦な声音で言葉を紡ぐ。
「昨晩同じ釜のスープを食べ盃と言葉を交わした人間が死ぬことが平時となるのが戦場だ。心せよ」
「……」
当然、魔王との戦いの中で身を持って情報の重要性を身に染みて知っている
「ご忠告ありがとうございます兄上。しかし、平民や奴隷、秩序を守る兵士や冒険者にとってそれは日常であります。
『平和とは戦争と戦争の間の準備期間である』と言う言葉が示す通り、平和を享受する者はいつか来るその時を覚悟せねばなりません。
『なんじ平和を欲さば、戦への備えをせよ』と言う奴です」
ナオスの言葉には説得力があった。
しかしその言葉の全ては当時の国と神殿、賢者の学院が記した『勇魔戦記』『使徒語録』『勇者の思想と英知についての考察』の何れかに記されていたと記憶している。
三冊の本は三聖典と呼ばれ盛んに研究されている。
離れにも模写があったのだろうか? 否、ドンペリ家の息女が仕込んだのだろう。
「知っていることと実感していることは別だ。教えることは出来ても体験せねば判らないことは存外多い俺もそうだった」
俺の初陣は対岸の国家との小競り合いだった。
例年であれば
半ば慣例になりつつあった海戦を一変させたのは、対岸の国家だった。
船乗りの天敵ともいえる海賊と手を結び、炎上する小舟同士を紐で繋げ海上を封鎖した。
後の世まで語れる大戦の初戦は敗戦。
命からがら生き延びたモノだったが、生き延びた後の方が辛かった。
「騎士として軍艦を枕に討ち死にしろ」
「コッロス家の男子ならば一人で騎士を十人殺し軍艦の一つぐらい沈めて見せろ」
と言われ数年は社交の場にも出られなかった程だ。
夢枕にも配下の騎士が立ち夢を語りかけて来る。
俺はどうにかなりそうだった。
しかし父上は敗戦の将である俺に汚名を雪ぐ機会をくれた。
「神々への祈りを欠かした神官には古代の法に則り責任を取らせた。この意味が判るな?」
「――っ!」
この世界にも古代ローマの『ウェスタの巫女』のように、軍事的責任を将軍に変わって取らされたり、政治的に不安の責任を取らされるシステムが過去には存在した。
責任を取らされる巫女にとってはとんでもない話だが、過去の日本でも天皇の人徳で災害が起こると信じられていた。
現代で言えば「全ては秘書がやった」であろうか? 陰謀論染みたモノだと政治家の不正が起こると不倫のニュースが流れる。
中国でも『禅譲』と言う名前で王朝の交代に正当性を見出している。
しかしこれは古代世界においては非常に合理的なものだった。
大軍を率いる将は大変貴重だ。たかが一度の失敗で生き延びた英雄をむざむざ殺すのは勿体無いと言う訳だ。
初陣で死なず生きのびる。
生存本能と天運こそが戦場においては、英雄の資質と言えるのかもしれない。
いや、敵と味方含めた屍の山でどう着飾るか? と言う話かもしれない。
「一所懸命に励み必ずや敵軍を打ち破り英雄となりましょう」
「その行きだ!!」
こうして俺は一山幾らの履いて捨てるほどいる英雄となった。
………
……
…
「まあつまりだ。お前は愛する者が目の前で死にゆく状況下でも、冷静に対処することができるか? と言うことだ」
「……」
ナオスが答えることはない。
魔王を倒して数十年、さらに転生して十年以上。
失う経験を最後にしたのは一体何年前だっただろうか? 平和ボケしていた。
しかし現状遠征に行く人間の中に親しい者は居ない。
兄上の取り越し苦労と言う奴だ。
しかし善意からの忠告だということはナオスにも判った。
「心の中では怒れ、だが言動には出すな冷静に対処し全てが終わった後に涙を流せ。俺が語れる心構えは以上だあとはお前が、今回の戦場で何を感じ学び得るかそれだけだ。お前は履いて捨てるほどいる一山幾らの凡百の英雄ではない。歴史に名を残す大英雄だ」
ヨーロッパには『九偉人』やナポレオンが認めた『七英雄』と言う概念がったそうだが、俺が彼らと並ぶ大英雄になるとは思えない。
勇者であった前世でもそこまでの偉業はのこしていないのだから。
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