第70話 見送り
寝所で紅茶と軽食を食べた後、身支度を済ませる。
前線で戦う訳ではないもののモンスターとの戦いは危険だと奴隷達に言われ、渋々だが
聖銀とも呼ばれるミスリルで出来ているため大変軽い。また酸化被膜を作るのか大変腐食し辛く、手入れが要らず武具の素材として大変有効だ。
しかしこれは本物の
自分で考え防御してくれる分、普通の鎧よりも信頼できる。
また周囲に威圧感を与えないようにするために外套を羽織る。それは趣味で被服職人に作らせた
「行ってらっしゃいませご文運を」
そう言ってイオは火打石を打ち鳴らし、
日本の時代劇でしか見ない儀式だったのに……太陽神を崇める神殿が支配的なこの世界でも日本と同じように、「火を清浄なモノ」と考えた結果広まったのだろう。
「行って来ます。グレテル先生、フェル皆を頼んだぞ?」
フェルは首を傾げ、グレテル先生は苦笑いで「判ったわ」と短く答えた。
広場に移動すると多くの騎士や兵、依頼を受けた者が集まっていた。
戦士は鎧の錆予防を兼ねてサーコートや外套を着ている。また外套には自身の所属を表す紋章が描かれており、所属が一目で判るようになっている。
兵や騎士は先行し、後続の我々は物資と共に移動する。
魔王討伐やその後の戦争を経験したこの世界の人々は、既に補給の重要性を理解しているのだ。
『医療班』の扱いになるため俺は神官達と行動を共にすることになった。
神官の数は20名と多くそれだけ今回の出来事を重く受け止めている証明だった。
しかし『改良型ポーション』と『ポーションタブレット』の生産を続けた結果必要十分な数量を確保することが出来ているので、『再生の奇跡』など高位の術か、専門的な術を使えない限り彼らの出番はないだろう。
「あなたさまが新たな聖人回復魔術師ナオス・コッロス様ですね。お初にお目にかかりますツナーグです」
ツナーグと名乗った女は深々と礼をする。
清貧の証である白い修道服擬きの上からでも判るほど、たわわに実った大きな二つの膨らみに目が吸い寄せられる。
服装や装飾品から見て中々高位の神官だと判る。
しかし彼女の礼は貴族式の礼ではなく、神殿が神や高位神官に行うものだ。
つまり言外に聖人回復魔術師ナオス・コッロスが、神殿所属であることを主張していると言う訳だ。
だったら俺にもやりようはある。
「初めましてナオス・スヴェーテです。ツナーグ神官殿、今日はよろしくお願いします」
「俺は大将でもなんでもないんだがな……」
「名目上は兎も角、兵や冒険者はあなた様を大将だと考えているものばかりでしょう」
「……」
今回の調査に同行する一族は俺だけだ。
本来なら非嫡出子が同行したところで士気は上がらないのだが、俺は今を時めくどの勢力に所属していない『聖人』だ。
お飾りで変な指揮官を据えるよりはマシと言う判断なのだろう。
婚約破棄の出戻りで魔術に優れる姉のオットー。
公爵の座を狙っているが全て平均的でオマケに酒と女に溺れている愚兄のブウ。
特に語ることすらない兄のシーカリ。
貴族主義者で次期当主候補を熱望する
武芸や魔術、貴族としての能力が劣る双子のヒトとムシ。
剣と魔術に優れ【小雷公】と呼ばれる愚弟ムノー。
オニ兄上は責任者として無用なリスクを冒さないことを考えれば候補者は彼らぐらいだ。
しかし、上の兄二人と愚姉と言う政敵を育てる理由がないので却下すれば必然的に残ったメンバーから総大将を選ぶことになるのだが……。
オニ兄上は総大将を自分の抱える騎士にし、非嫡出子であるものの聖人である俺を据えることで自分の派閥強化を選んだと言う訳だ。
この会話も神殿と公爵家(オニ兄上)との政治的駆け引きに他ならない。
全く面倒なものだ。
「しかし実態は異なる。それに俺は家を継ぐ気も神の下僕となるつもりもない。古今東西の税を尽くした食事を食み、王侯貴族平民奴隷問わず美女を抱くそんな酒池肉林の限りを尽くし時には、四肢を生やすだけで良いのなら話は別だがな」
「……それは……」
ツナーグ女神官は言葉を詰まらせる。
出来るか出来ないかで言えば「出来る」しかし、そんな破戒を望む人間を、最高位の聖職者である『聖者』として迎えることに一神官として反対したのだ。
本来、神殿に使える神官は神に奉仕する下僕であり、神の先兵だ。
しかし世俗権力に触れる内に腐敗する。これは世界を問わない世の常なのだ。
「無理なことを言っている自覚はある。だから俺は世俗に生きると言っているのだ」
「……判りました。上には巧く伝えておきましょう」
どうやら俺の意図を汲み取ってくれたようだ。
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