第71話 初心を思い返す

 女神官は背を向ける。

 チャイナドレスのようにハッキリと体のラインが出る。神官服から浮き出た大きな尻眺めていると……女神官は振り向き近づいてくると顔を近づけてこう言った。


「さっきのお話は方便ですよね?」


「……」


 これ以上ボロを出さないためにも押し黙ることにした。


「確かに女性の身体は好きなんでしょう。私の身体をご覧になんているようですし……」


「……」


 俺はクラスメイトに言われた言葉を思い出した。

「男のチラ見は女のガン見だからね! 全部判ってるんだから!」


「酒池肉林を本気で臨む度胸がある悪人ヒトなら、既に私に手を出しているハズです。この制服ってお尻目立ちますから……」


 そう言って白い肌を赤く染める。


「私は神の使徒として生きていることに後悔はありません。しかし神官の中には自分の生き方を後悔する者も多く居ます」


 彼女の言葉は身に染みる。

 前世の俺達は望まないカタチでこの世界に連れてこられ、強制的に神々の使徒として時間を使った。

 神官になった者の中にも家庭の事情や思っていたのと違ったなんて理由で後悔している人間もいるのだろう。


「私は親に決められ二〇年神に仕えてきました。親を恨んで悩んだ日々がないとは言いません。しかしやはり後悔はないのです私はこの生き方しか知りません。だから私はあなたにも幸福に生きて欲しい……ただそれだけです」


 そう言って彼女は背を向けてこの場を後にした。

 それは俺と彼女は二度と交わらないことを意味しているようだった。

『幸福に生きよ』か……俺も幸福に、後悔のない人生を生きるために転生したんだ。


 昔触った作品の中で天才と称された哲学者の考えが紹介されていた。

 曰く『哲学』とは「絶対の真理を探究する」モノであり、それは言語で扱えるモノに限定しそれ以外は芸術等で解決する。


 また自分なりの世界への認識・真理を持つことこそが『幸福な人生』だと説いたのだと大雑把に説明された。

 オカルト家のアレイスター・クロウリーの著書『法の書』でも同じような言葉がある「汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん」とある。


 仏典にも『自灯明じとうみょう』と言う言葉がありこれは、自分自身を信じて生きること、自分軸を持って生きることを意味する。


 現代で言えば『結婚』や『出産』は幸福に生きるために必要不可欠ではない。避妊をして性交し音楽や動画を鑑賞をたのしみ、本を読んで運動をし美味いメシや酒を食し趣味に生きること、などを包括した簡単に言えば『個人主義』を尊重した生き方のことだ。『独身貴族』ともいう。

 どれも古い時代の価値観では悪徳とされることのオンパレードと言うのがなんとも皮肉だ。



幸せになりたい。


楽して生きたい。


失った素晴らしい日々を取り戻したい。



思い返せばなんてことはない、昔好きだった女の子に執着するような見っともない男の腐ったような感情だ。


「ありがとう」


 不意に言葉が口を付いて出る

 それは大きな声だった。

 神が実在する世界、それも死が直ぐ隣にあるような世界の神官の言葉が乾いた心に染みわたる。

 俺は彼女の御蔭で初心を思い出すことが出来た。


 自分が幸せになる過程で誰かを救うのはいい。

 だが誰かを救うために自分が不幸になるのは、死んでも許せない。


「お礼を言われるようよなことはしていません」




………

……




 行軍中神殿の神官や将官は基本暇と言っていい。

 斥候や先頭、中部そして殿に分散配置された騎士や冒険者がモンスターを排除し、それを指揮官に報告するだけの単純作業で、俺達後方に仕事が回っていることはほとんどない。


「けが人少なくないか?」


 神殿の回復術師が皆が感じていた違和感を口にする。


「たしかに……冒険者ばかりで騎士は全く来ないな」


 神官達は「人類のため、町のため」などと綺麗ごとを抜かしているが緊急事態は彼らにとっても、稼ぎ時に稼げず違和感を覚えているようだ。

 パンパンと手を叩く音が聞こえたかと思えば、ツナーグは部下の雑談を中断させる。


「けが人が少ないことはいいことよ? 私たちの目的を森の探索しサラマンダーがなぜ現れたのか? を突き止めることそれ以外は些末なことよ」


「「「はい!」」」


 神官たちは雑談をやめ、各々が仕事従事している。

 そんな彼らを尻目に魔術で作った風呂に入る。

 一日動けば汗をかく、日本人としては毎日風呂に入るのが面倒に感じることもあるが出来れば毎日入りたい。

 警護についている騎士に残り湯は自由にしていい旨を伝え服を脱ぐ。


「……」


 視線を感じ振り向くと騎士の一人が物珍しそうに、こちらを見ている。


「言いたいことがあれば言うといい」


 どうせ贅沢、けが人や女を優先するべき なんて綺麗ごとを言うつもりなのだろう。

 しかし彼の言葉は予想外のものだった。


「何ですか? その奇妙な靴下は……」


「これは五本指靴下と言って、タコやマメそして水虫の予防になる靴下だ。足元が安定し踏ん張りが利くから便利だぞ?」


「み、水虫に……どこで売ってるんですか!?」


 掴み掛かろうとする勢いで詰め寄られる。

 きっと彼は水虫なのだろう。

 この世界での治療法は……足の裏を魔術か物理で除去してから回復魔術で直す。


 勇者時代に俺も水虫になったが、カサカサするだけで全く痒みがでなかったので全く気にならなかったが、友人はぐじゅぐじゅになってたし、痒みまで出たやつは悲惨だった。

 足の裏の皮と肉をえぐり出してから回復魔術で傷を治し、ポーションを抗菌剤や抗炎症薬のようにしようして経過を見る必要があった。


 治療の間は戦力が大幅に低下して色々と問題になったものだ。

 いやあ懐かしい。


「俺の手製だ。細君や彼女……家族か針子に依頼すればいいんじゃないか?」


 細君や彼女……で顔色が見る見る曇っていくのでつい他人に配慮してしまった。


「そうしてみます」

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