第79話 カラス


 久しぶりの自由時間を離れで楽しんでいると、女の子の悲鳴が聞こえた。

 メイド……いや奴隷の誰かの悲鳴だ。


「キャ───ッ!」


 俺の【魔力探知】で十分届く範囲だ。


「【魔力探知】」


 周囲に展開した魔力を触手のようにうねらせて、周囲を探知する。


(見つけた! 帰ってくる反応からしてもそこまで強力なモンスターではない)


 【アイテムボックス】から刀を取り出しながら、空に足場を作って道をショートカットする。


 現場に着くとそこには本館のメイドを守るように、俺の奴隷で黒髪赤目の少女クレアが剣を片手に立っていた。


 足元には子供ほどの大きさの蜂の死骸が転がっている。


(そう言えば前に見たことがある。何だったか……)


 【鑑定スキル】を使用するまえに、クレアが答えた。


殺人大蜂グレイト・キラー・ビーよ。空から襲ってきたの、多分ベネチアンの結界を抜けて来たのね」


(思い出した! そうそう殺人大蜂グレイト・キラー・ビーだ。魔大陸産の蜂モンスターと現大陸産の蜂モンスターを掛け合わせて、魔大陸の農地開拓に役立てようした結果逃げ出して害悪になっているモンスターだ)


「なにごとですか?」


 短い金髪に緑眼の奴隷カイを始めとした他の奴隷が集まって来た。

 皆、手には武器を持っている。

 本館のメイドは怖かったのか、震える小さな手でクレアの裾に掴まっている。


【魔力探知】の範囲を広げると無数の殺人大蜂グレイト・キラー・ビーが接近してくるのを感じた。


「みんな武器を手にして戦闘準備に入れ、殺人大蜂グレイト・キラー・ビーはフェロモンを分泌することで巣全体がまるで一つの生き物のように動いてくる――」


 勇者時代の知識を元に奴隷たちに危険性を説いている最中、都市壁から伸びた物見塔のから警報の鐘が鳴った。


 カンカンカンカン。


 まるで火事を知らせる鐘が鳴り響くように、鐘の音が鳴り続ける。

 恐らく目視で蜂を見つけたのだろう。

 強力なモンスターとは言え、武装が揃った領主軍なら差ほど脅威ではないハズだ。


 しかし『殺人大蜂グレイト・キラー・ビー』が持つ鋭い牙と硬い外骨格に、人一人を殺すには十分な毒性さらに空を飛ぶアドバンテージは、一般人からすれば十ニ分な脅威となるだろう。


 最も被害を減らせる手段としては、上空に居るうちに魔術で撃ち落とすことだろうが、が、飛行型モンスターの移動速度は速く悩んでいる内に市街地に侵入していく姿が確認できた。


 それでも『魔水晶柱』とよばれる魔道具が生み出すモンスター忌避させ、弱体化させる効果によってある程度の数は避けているのだが……。


「アイナを始めとする魔術が得なメンバーは蜂を狙い撃て、残りのメンバーは二人以上で行動し撃破しろ」


(強い魔力反応! これは大魔族相当ッ!? 勇者クラスメイト達は何をしてたんだ……これは俺が出ないとまーずいでしょ)


「ご主人さまは?」


「本丸を叩く!」


 俺は本館に向かった。







 本館の中は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 上級下級問わず使用人達は慌てふためいていて、統率が取れているようには見えず。

 文官は避難の準備をし、騎士や兵士といった武官は命令を待っている状態に見えた。


(最悪だ……公爵閣下が一人居れば『殺人大蜂グレイト・キラー・ビー』の群れなど雑魚に等しい。配下の騎士団がいるだけでも防衛率は上がるのだが…)


 今はそんなことを言っていても仕方がない。

 俺は人を掻き分け上階へ向かった。


「オニ兄上!」


 執務室のドアをノックすることなく開ける。


「ナオスか!」


 兄は光明が見えたと言わんばかりに、オニ兄の顔がパッと明るくなった。


「俺が提言した通りモンスターの大発生が起きたみたいだ」


「本当に『呪怨瓶じゅおんへい』がこの町の周囲にあると言うのか? 一体全体だれがそんな愚行を……」


 バサバサと羽音を立てて黒いカラスが窓の縁に止まった。

 俺はカラスに違和感を覚えた。


(おかしい。絶対におかしい。)


 こうもタイミングよくカラスが窓の縁に止まることは異常と言える。


「【鑑定】」


 俺は即座に【鑑定スキル】を使用した。

 【鑑定スキル】がカラスの正体を教えてくれる。



 『武装ノ傷跡鴉コーヴィスカーミー』という比較的強力なモンスターで、人間を襲わない賢さを持っている。田舎では害獣やモンスターから人間を守る益魔えきま(有益な魔物)とされている。


 羽は金属のように硬く、本種の強力な武器であり鎧となりスカーが多いほど強力な個体である証であり、また魔術にも優れ角上部位は仮面のような頭部から生えた角である。

 

 説明文を見る限りは、『殺人大蜂グレイト・キラー・ビー』でも食べに来たように見えるが一番の問題は、『武装ノ傷跡鴉コーヴィスカーミー』が『生ける屍アンデッド』でありさらに使役者が勇者クラスメイトの一人である『加藤耕太郎』だと言うことだ。


(どうして加藤が? アイツには嫁や子供も居たハズなのに……)


 しかし、加藤が助けてくれるのならより安全にことを運ぶことが出来る……そう楽観的に考えていた。


 『武装ノ傷跡鴉コーヴィスカーミー』の瞳が赤く怪し気に輝くと、ドロドロとヘドロのようなものが染み出し影のようなものを作る。

 影から湧き上がるようにソレが現れた瞬間、世界の全てが凍り付いたかのように、ありとあらゆるものの動きが止まった。



そして――絶望を見た。



 長身に薄汚れたローブの男が立っていた。

 体系は瘦せ型、目深に被ったフードのせいで顔が見えない。


 俺達は瞬きさえ忘れ、ただひたすら恐れに吞のまれていた。

 それは死の具現化だった。恐怖そのものが具現化した存在とでも形容すべきものだった。


(今の俺では勝てないかもしれない……)


 それに抗うことさえ忘れ終いには鼓動すら忘れ、倒れる騎士が居る。

 無様に悲鳴を上げて逃げ出したい。

 肉体に精神が引っ張られているのか、前世よりも恐怖心に搔き立てられた。

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