第43話 姉と兄×2

 こっそりと部屋に戻った俺はフェンリルを洗い拭き終えると、寝間着に着替えて就寝した。

 早朝、奴隷達に犬を拾って飼うことにしたと説明しフェンリルを紹介すると皆目の色を変えて猫可愛がりする。

 

 犬……狼なのに猫可愛がりとはおかしな言い方だが、狼ってプライドが高いイメージがあるから大丈夫だろうか? と心配していると割とすぐに腹を見せ撫でろとアピールをする。

 女性陣が一頻り撫で終え肉を中心とした食事を与えられ満足そうな顔で昼寝をした。


「キチマー夫人からの言伝で御座います。本日、先日負傷された騎士と冒険者の慰問に向かうとのことです」


「夫人には宜しく伝えておいてくれ……」


 夫人付きの上級メイドは目礼すると本邸に帰った。

 風呂に入って汗を流しいつも着ている服から、幾分も上等な服に着替え髪をセットする。

 慰問とは言えども正装で向かい力を見せつけるのが貴族だそうだ。


 前世では災害が起きれば政治家がパフォーマンスで、ヘルメットや長靴、作業着を防災服と言って着込み現場重視のアピールをすることを見っともないと思っていたが、上の者が率先すると言うのはある意味正しいのかもしれないと……そんなことを考えながら身支度を整えるのだった。



………

……



 家紋の入りの旗を掲げた数台の馬車が、舗装された石畳の道路を軽快な音を立て走る。

 その周囲を幾人もの板金鎧プレートアーマーを装備した騎兵によって警護されている。


 コッロス公爵家の武力を民に示すとともに、サラマンダーに負けたと言う印象を弱める狙いがある。

 世界各国が定期的に軍事演習を行い戦力を誇示するように、この世界ではこういった道中や行進パレードで示すことが多い。


 夫人達や後継者候補筆頭の長兄や次兄が出張ると、事態を重く受け止め過ぎていると認識されるためか、その点に配慮された人選になっている。


 表向きキチマー夫人が夫人会へ提案したことになっているため、ムノーとムノー実姉のオットー、姉弟とその庇護下にいる俺。

 ミナと同腹で俺ナオスの兄のヒト、ムシ兄弟が主だ。


 他の夫人達やきょうだいは今回の出来事をあまり重要視していないようで、怪我をした騎士の寄り親や生家に見舞い金を渡したり、茶会を開いて労ったりと各々で対応と言うか政治的工作をしているそうだ。


 そして今この馬車に乗っているのは、キチマー夫人の子供と俺そしてそれぞれの傍仕えが乗っているだけだ。

 俺の傍使えとしてイオとアイナリーゼ。

 三人の護衛としてグレテル先生が御者台に控えている。

 

「ナオス兄さま今日は気が引き締まる思いです」


 馬子にも衣裳なムノーが目を輝かせて言葉を発する。

 お前少し前まで他の兄弟姉妹と同じように俺を魔術の的にしてたよね!? 改心したからって今までの罪はなくなる訳じゃないから! と言いたくなる気持ちを抑え、無難な返事を心掛ける。

 

「うん。そうだね……」


「家の弟が迷惑をかけてごめんなさい」


 とオットー姉さんは謝罪の言葉を口にして頭を下げる。

 普段から清貧なオットー姉さんだが、今日は普段着ないような、豪奢な儀礼服でめかしこんでいる。

 しかし全く色気を感じない。


 顔立ちは整っているものの、精神状態からくる不健康さが滲み出ており肌は青白く頬は化粧で誤魔化しているものの扱けている。

 それもこれも婚約相手から婚約破棄されたのが原因だ。

 

「ご飯はちゃんと食べてるかしら?」


「夫人のおかげで食べられています。姉さんには昔から迷惑をかけてばかりです」


「いいのよ。気にする必要はないわ」


 昔から優しく俺のことを気にかけてくれていた。

 馬鹿家族の決闘騒ぎの時は家におらず。つい最近まで婚約者の家にいたため守れなかったことを後悔しているのだろう。


「それでナオス。あなた学院には入るの?」


 『学院』とは勇者達が作った教育機関で前世でいうと、大学のような研究機関と教育機関としての二面性を持っている。

 魔王降臨前にはこの国には世界有数の学園都市があったそうなのだが、残念ながら衰退し各国に逃げたり帰った研究者によって現在の『学院』ができたのだと言う。


 そしてこの世界において『学院』とは、領地を経営するための知識はもちろんのことサロンのような人脈形成の場であり、パーティーのような婚活会場でもある。

 付け加えれば俺のような三男以下の子弟にとっては、将来の就活も兼ねている。


 よほど隠したい子供か金のない貴族でもなければ、普通は通わせる。

 かと言って自分一人が生きていくのに必要な武力はもっている。

 魔術の知識が欲しいとは言え、それはあくまでも娯楽の範疇だ。


「どうでしょう。公爵閣下がお許しになられれば名誉ある学院の生徒として通うことも叶うでしょうが……」


「到着しました」


 続く言葉を遮ったのは御者の声だった。


「オットー姉さんお仕事の時間のようです」


「そうね。私からお父様に学院に通えるよう進言しておきます」


 一瞬余計なことを……なんて考えたけれど。


「……ありがとうございます」


 と言って頭を下げる。

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