第76話 マッチポンプ

 人を遠ざけたのは単に暗殺や襲撃を警戒しただけではない。

 そろそろ以前『呪怨瓶じゅおんへい』を見つけた地点に近づいたためだ。

 折を見て個人用に与えられた天幕を抜け出して、森の中へ入っていく……


「この辺でいいだろう」


 前の戦闘で円形に開かれたこの場所は、軍を展開して戦うのに丁度いい。

 ひび割れ砕け散った『呪怨瓶じゅおんへい』を【ヒール】し、再び魔力を注ぐ。

 

「注ぐ魔力は……半分程度でいいだろう」


 『呪怨瓶じゅおんへい』に注ぐ魔力が多すぎても少なすぎても、脅威を伝えることは出来ないと考えたからだ。

 それに今回は俺一人ではなく神殿の術師もいる。

 聖属性魔術を使える人間が居るから安心できる。


 死者や障害が残るレベルの被害は出さないまでも、今回の出来事を重く大きく受け止めてもらうために辛勝にはなってほしい。というのが難しいところだ。

 まあ即死でもなければ女神パワーで蘇生させることが、用意であるとマウス実験で判明しているんだけどね。


 いい感じに瘴気が感じられるようになってきたので、予定通りこの場を離れた。

 あとは明日を待つだけだ。




 翌朝、食事を取り二時間ほど移動したときだった。


「馬上より失礼します。伝令! 斥候部隊が瘴気を放つ異物を確認、瘴気からモンスターが産まれ戦闘中至急応援を求むとのことです!!」


 伝令兵の言葉を聞いたビンセントは、


「来たか……補給部隊を残し移動する!」


 と宣言し神殿騎士や神官、魔術師までも車から降ろし行軍を開始した。


 この時代の集団戦も大きくは変わっていない。

 身の丈程もある大盾を持った重装騎士が敵の攻撃を受け、その隙を突いて攻撃役や魔術が仕留めるというものだ。


 蓄えた魔力量が少ないため召喚されるモンスターの数や強さは、【鑑定】した限り大したことはなさそうだ。


「盾構え!」


 号令で盾を構えモンスターの攻撃を防ぐと、その隙を突いて上空から魔術や弓矢が撃ち込まれる。

 傭兵や冒険者は隊列に参加せず側面からモンスターを責め立て乱戦状態だ。


 しかしプロである彼ら彼女らは殆どフレンドリーファイアをしていない。見事としか言いようがない。

 中には複数体の攻撃で押し込まれ体制を崩し大けがを負う兵士もいるが、タブレットポーションを傷口に入れると即座に戦線に復帰している。


(想定通りの結果になっているなこれで死者は出なさそうだ)


 冒険者や傭兵の負傷者はこれ幸いと、即座に後方に下がって神官や魔術師の治療を受けている。

 例え領民であっても騎士や兵士でない彼らには命を張る理由はないのだろう。

 彼らを責めるつもりはないが何だかこうもやっとする。


 そんなことを考えていると大きな声で現実に引き戻される。


「ツナーグ様!」


 前衛戦力の一端を務めている神殿騎士が声を上げ後方に近寄ってくる。


「呪いを振りまいているのは、勇者時代の遺物『呪怨瓶じゅおんへい』です!!」


「『呪怨瓶じゅおんへい』ですって! 呪いに充てられたサラマンダーが暴れるのもおかしくありませんね……」


「ビンセント殿、勇気ある撤退を進言いたします。『呪怨瓶じゅおんへい』を解呪し無力化するには神官二〇人では少なすぎます。最低でも六〇、いや四〇人は必要です」


(『呪怨瓶じゅおんへい』の解呪ってそんなに大変なものだったのか……聖剣や聖槍、『聖女』と呼ばれた勇者なら一発だったから実感ないけど……)


「しかし我々が引けば民に被害が出かねないそれだけは何としても避けなくては……」


 確かにビンセントの言う通りだと皆が理解した。

 ベネチアン産まれの者でなくとも自分たちが暮らし、知人が居る街に災いが迫ろうとしているのだ。

 それを見過ごすことが出来る人間は少ない。


 全員が黙る中で報告に来た騎士が呟いた。


「聖人であるナオス様は何人分になるのでしょうか?」


「それは……二〇否、それ以上よ」


(おっと風向きが変わって来た)


「であれば――」


「――ビンセントそれは契約にないことだ」


 俺は一刀両断した。


「なぜですか?」


「先ず第一に俺にとってはベネチアンすらどうでもいんだ。船を借りて奴隷たちと逃げれば問題ない」


「人の心はないんですか!?」


「出来る可能性がある人間に何の対価も支払わずに、助けてくださいじゃないと死んじゃうって命を盾にして、自分の要求を飲ませようとするやり方が気に入らないせめて空手形を切れよ」


「――ッ! 拝金主義者のエゴイストめ!!」


「フンそれで結構、では俺は帰るとするよ。オニ兄上には伝えてあげるから安心して死んでくれ」


 そう言って背を向けると俺は歩き出した。

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