第35話 Side:グレテル 仲間②


 神殿の中は地獄絵図と言っていい。

 包帯から血が滲んでいたり、痛み止めが切れたのかうわ言のように痛い痛いと呟いている者も要る。

 そんな私に声を掛けて来たのは神殿の巫女見習いの少女だった。


「誰かお探しでしょうか?」


「冒険者の知り合いを……」


 私の一言で何かを察したのか巫女見習いの少女は「どうぞ」と言って案内をしてくれる。


「お知り合いのお名前かパーティー名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「オイダス、ツイーホ、アクージョ、ケイコークです」


「ああ『エグザイル』の皆さんですね。こちらです……」


 通されたのは個室ではなく大部屋だった。

 『エグザイル』はこの街では上から上位のAランクパーティーだったと言うのに……

 開いたドアに患者の視線が集まるのを感じた。

 そしてその視線はやがて私に向かう。


「グレテル……」


 私の名前を呟いたのはリーダーのオイダスだった。

 私は気まずい雰囲気を感じながら言葉を無理やり紡いだ。 


「久しぶり……」


「久しぶりだな」


「元気にしてたか?」


 そんな言葉を投げかけて来る元パーティーメンバー達は、私にした仕打ちなんてまるで忘れているようだ。


「え、ええ……サラマンダーにやられたって訊いたわよ?」


 私は曖昧な笑みを浮かべ何とかやり場のない感情を覆い隠して本題を切り出した。


「お金がなくてな……」


 オイダスの言葉に私は絶句した。


「お金がないって……冒険者ランクから言えば十二分に稼げてるでしょ」


 私が追放された時点で冒険者ランクはAランク。

 上から二番目の等級だった。

 そんな私達の主な仕事は地元の冒険者では、対処できない高難易度のモンスターを倒すことで、ベネチアンの街に停泊する船舶を用いてこの海を渡るのが主なルートだった。


 私が追放されたのは遠方での仕事が終わり一息ついた時だった。

 あれから幾らか時間がたったとは言え常識的な使い方をしていればまだ金はある筈だ。

 武器や防具を新調すれば話は変わるが、この街に帰ってきたころは武器や防具が安かった。


 この街を拠点している後輩曰く、「武具屋の質が一気に高まった」たらしい。なんでも「不思議な餓鬼が売り払っていく」との噂とのことで確かに良く良く見れば、分不相応な武具を纏った冒険者が多かった。

 今回怪我人が多かったのはそう言った武具の性能だよりな冒険者が増えたことも原因なのかもしれない。


「そうなんだけどさ一応Aランクの冒険者として後輩に奢ったり、武具を買ったりしてみんな素寒貧で……」


「そうそうここの入院費も借金している状態なんだ……」


「質屋や金貸しに担保として武器や防具を取られちまってよ……」


「私なんか身体を売れって……」


「私も宝飾品を取られてしまって……」


なんだ全員自業自得じゃないか……。


「大変なのね。お見舞いの林檎だけ置いていくわ……」


 私はつい面倒に感じてその場をあとにしようとするも……ベッドから身を乗り出したオイダスに手首をがっしりと掴まれた。


「なにするのよ?」


「俺達仲間だろ?」


 そう言って微笑みかけたオイダスの笑顔に寒ぶいぼが立ち思わず身震いする。

 周囲の仲間を見るとみな期待するような、安堵したような視線を向けて来る。


「仲間? 仲間ですって?」


 オイダスの……否『エグザイル』の自分勝手な言い分に私は思わず語気を強める。


「ぐ、グレテル……」


 仲間だった頃にも見せなかった私の怒りに当てられたのか、オイダス達はたじたじになる。

 努めて冷静でいようと心掛けていたと言うのに……私なにをやってるんだろう……自分が情けなくなってくる。


「良い? 私はもうこの街でも有数のA級冒険者パーティー『エグザイル』のメンバーじゃないのよ? 自分達がした仕打ちを忘れた訳じゃないわよね?」


「く……」


「あの時はそうするのが一番だと思ったんだ」


 言い淀むオイダスと即座に言い返すツイーホは対称的だった。


「もう仲間じゃないわ。それに私の言い分何てロクに訊かずに強制脱退させたんだから、お金を貸す道理はないわよ」


「仲間がどうなんてもいいの!?」


 ケーコクがヒステリックに叫ぶ。


「仲間じゃないんだから奴隷にでも娼婦にでもなってお金を返せばいいわ。勇者様曰く職に貴賤はないらしいわよ?」


「人でなし!」


「人でなしにしたのは貴方達の方でしょ? 私がパーティーのお金を管理してたから武具の手入れや宿代を残せていたのに、それが貴方達には不満だったのも知っているわ。何度も話あおうと言ったのに聞く耳を持たず挙句の果てには、私のお金を奪って追放したのは貴方達じゃない」


「そ、それは……」


「い、今は関係ないでしょ?」


「私がやっていた。依頼された場所に行く前の情報収集を怠ったんだからこうなんたのも自業自得よ。冒険者ってのは冒険者してはならないの石橋を叩いて渡って、それでも方法がない時に初めて冒険するの。今までは全部私がやってあげてたことよ?」


「そんな言い方はないでしょ? 私達はコッロス公爵の依頼のせいで大怪我をしているのよ? 可愛そうだとは思わないの?」


「そうよそうよ。仲間がこんな酷い目にあっているのよ? お金ぐらい直ぐに返せるわ! 私達に利子なしでお金を貸してもいいと思の」


 ――と二人とも矢継ぎ早に他責思考全開の思考を発露する。

 自分本位で相手のことをまるで考えていない子供のような自己中心的な思考だ。

 私と違ってパーティーメンバーにチヤホヤされていた二人は、甘ったれていると思う。


 骨折や四肢の欠損などの要因で金を稼げない冒険者は、私娼ししょうとして娼館で稼ぐか街娼がしようとして客を取り飢えを凌ぐことが多い

 そこには男女の差はなくある意味で平等と言える。

 それを買うのは金の無い商人や衛兵、同業者などさまざまだ。


 プライドの高いアクージョとケイコークは身体を売ることに抵抗が強く、オイダスとツイーホは見てくれはいいものの本性を知っている女冒険者が買うとは思えない。

 買うのは恐らくその手の趣味がある方々だろう。

 

「私だってそんな大金持ってないわよ。神殿の入院費って一日で平民の収入一か月分よ? 一日で四か月分……【ヒール】でもポーションでも使って一刻も早く退院することね」


 ナオスさまが行った夫人への働きかけによって、コッロス公爵家から助成金として半額ぐらいはでるだろうが、それを教えてあげるほど人間が出来ていない。

 視界から消えて貰うよりも視界内で破滅して欲しい。


「元仲間としての最後のアドバイスよ。武具は早々に売ることね金に困った他のパーティーも売りさばくから、早くしないと安く買い叩かれるわよ? それと武器や防具は低級のものを使って、余裕のある相手と戦いなさい」


「俺達はAランクパーティーの『エグザイル』だぞ!!」


「私がやっていたことを全員が覚えるためにやり直せって言っているのよ」


「巫山戯ないで!」


「パーティーから追放されたから負け惜しみを言ってるんでしょ?」


「昔から人りスカしやがって……」


「じゃあ二度と会うことはないと思うけどお大事に」


 私はパーティーへの未練を断つことが出来た。

 行きの足取りとは異なり帰りの足取りは軽かった。




――――――

9月13日

【日総】 50→34→54→47位🔷rank Down

【日異】 28→19→32→25位🔷rank Down

【週総】 87→71→69→61位🔥rank up🔥

【週異】 47→41→39→28位🔥rank up🔥



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