第5話 勇者の剣術は万能です
魔力ゼロと蔑まれた俺は現在、腹違いの弟に虐められていた。
「ほら! 早く逃げないと黒焦げになっちゃうぞ~」
楽しそうな声音で少年が声を発すると、下級魔術の【ファイアーボール】が飛んでくる。
その速度は小学生のドッチボール程度と極めて遅い。
魔術への理解と練度が足りていないせいだ。
前世では俗世から離れて久しかった。
だから攻撃魔術がどれほど進んでいるのか、今世になって気になったものの、弟程度魔術では物差しにもならない。
「くっ!」
悔しそうに声をだして飛び、前転で火球を躱すと一応弟に言い返す。
「ムノー危ないじゃないか!」
「貴族の恥さらしめ! この俺、ムノー様が魔術もロクに使えない能無しに魔術の稽古をつけてやっているだけだ!」
何と傲慢なことだろう……
ムノーはなおも攻撃の手を緩めることはない。
「すばしっこいな……これは避けられるかな?」
ムノーは動く的に魔術が打ててご満悦の様子だ。
「ムノーさま! おやめください」
腐っても兄である俺に側室の子供とは言え、魔術を放つなんて危険なを行うのだ。
メイドからすれば気が気ではないだろう。
「メイド風情が俺に口答えするな!」
「キャっ!」
メイドは悲鳴を上げ硬い石畳にへたり込んだ。
メイドとは言え貴族。それも上位貴族と接する上級メイドは貴族か、その家臣など家柄がハッキリした良家の子女である。
多感なお年頃のムノーが悪戯をすれば、コッロス公爵家の権威に傷が付く……が仮にも俺を庇ってくれたのだ。
このままではメイドが虐めの標的にされかねない。
仕方がないが挑発するか……
「この程度か? ムノー」
「――おい。今何か言ったか? 能無し?」
「おっと馬鹿には言葉が足らなかったみたいだな?
お前の魔術なんか効かないって言ってんだよ!」
実際ムノーレベルのファイアーボールであれば、現在の身体能力でも十分回避できる。
さあ! 魔王が倒されて四十九年!! 攻撃魔術の進歩を見せて見ろ!!!
ファイアーボールよりも複雑な魔術が飛んでくることを前提に対策を考える。
避けて心を折ってやる。
「後悔するなよ? 魔力がゼロの能無しとは言え血族だから手加減してやった俺を怒らせたこと後悔させてやる!!」
魔法陣が出現すると、ムノーの身体から放電し火花が飛び散る。
雷魔術を完璧に制御出来ていないようで、髪の毛は逆立ちまるでサ〇ヤ人のように見える。
雷魔術は光速である。
現実では放たれた銃弾を見てからの回避が不可能なように、雷魔術の多くは見てからの回避が不可能である。
しかしそれは前世での常識の話。
魔術による身体強化と前世の知識と経験があれば、防ぐことは可能だ。
例えば防御魔術で防いだっていい。
しかし、今の俺には魔術なんか必要ない。
木剣一つで十分だ。
人差し指を俺に向けると小さな魔法陣が現れ、紫電が迸った。
「【S――」
発声の瞬間。
腰に吊り下げた剣を抜き放った。
ただの木剣ではない。
純粋な魔力を流し、魔術への抵抗を底上げしただけのもの。
「――パーク】」
前世の知識と経験から魔力は、筋肉のように使えば成長すると判っている。
ただそれも限度がある。
しかし今世ではまだ限界値には至っておらず伸びしろがある。
閃光と轟音を上げ雷撃魔術『スパーク』が迸る。
予測した軌道上に置いた木剣にスパークが触れると、真っ二つに雷が切れ背後に植えられた木に直撃し、表面を焦がす。
周囲には電気分解されたオゾンの生臭い匂いと、焦げた樹皮の焦げ臭い匂いが充満する。
「雷を切った……」
メイドは信じられないとでも言いたげに、膝から崩れ落ち口元を手で押さえている。
「神速の雷魔術を斬ったのか?」
『
魔術師にとって戦士は魔術が使えない者と言うイメージが根付いている。
つまり魔術を斬られるなんて、一ミリたりとも考えていないのだ。
「雷は神速ではなく、光速ぐらいだと思うんだが……まあいい。その目が飾りじゃなければ見たことが真実だ」
ムノーをやり込める気はなかったのだが……こうなっては仕方がない。
ある程度力を見せる必要がありそうだ。
俺は腰を抜かしたメイドに近づくと回復魔術で擦りむいた掌を治療する。
「あ、ありがとうございます……でもなんでナオスさまが魔術を!」
「感謝されるいわれはない。腹違いとは言え弟がしでかしたことの尻ぬぐいをしたに過ぎん……感謝の気持ちがあるのならこのことを黙っていてくれ……」
悪餓鬼として有名なムノーを、魔力ゼロの妾胎の俺がやり込め、オマケに侍女に謝罪したと言う噂が屋敷中に広まるのにそう時間はかからなかった。
その際にムノーの雷魔術を一刀の元に斬り伏せたと言う話が広まり、『無能』から『雷切』へと従者の間で仇名が変り一部のメイド達からの好感度が上がった。
しかしメイドと正妻達は俺に剣や魔術の才能があることが許せないらしく、家を空けがちな父にはこのことは知られていない。
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