第73話 兄に倣う
「何事ですか?」
「……」
そう言って出てきたのは今回の調査隊の指揮官である男だった。
名前は確か――
「ビンセントです」
名前が思い出せないことを察したビンセントは自ら名乗る。
「貴殿の部下が私に無礼を働いたため私刑に処すところだ」
「……」
無言で説明を続けてて下さい。と言外に促す。
「私が魔術袋から食材を取り出し料理を食べていたところ、輪を乱されると士気に影響するなどと宣い遠まわしに将官に提供しろと言われたので、提供するぐらいならと自然に返したのです。私は貴族ではありませんが聖人級の回復術師その機嫌をそこねるほどの価値が彼にありますか?」
ビンセントは、シッヌをゴミでも見るような視線で一瞥するとこう言った。
「十分な食量がある中での物資供出の強要は、誠に遺憾であるとしか申せません。責任者としてお詫び申し上げます。
しかし集団での行動には【和】が重要だと、わたしの経験と勇者様のお言葉にもありました。
なので私刑だけはご勘弁願えないでしょうか? 愚物とはいえど民の税で禄を食んでいる騎士です。せめて名誉ある死を賜りたいと思います」
【和】という言葉の発音が日本語の中にネイティブな外国語が混ざっているような発音だった。
恐らく
確かオタクな男子と女子に手伝わされて、異世界で同人誌の頒布を手伝わされたこともあったから、製本技術が向上したのだろう。
曰く『ホモ(百合)が嫌いな女子(男子)なんていません!!!!』と……過言オブ過言だと思う。
少なくとも俺は百合系アニメは殆ど見れない。
閑話休題。
ビンセントの言葉には一理あると思った。
【和】が重要、確かにその通りだ。前世では異世界に召喚される前から集団行動はあまり得意ではなかった。
だけどクラスメイト達は優しく、そんな俺に手を差し伸べてくれた。
しかし俺にも譲れない一線はある。
ただでさえ軽んじらている現状で譲歩を続ければ、上が謝罪し下が横柄な態度を取るねじれが産まれる。
それは彼の言う和を乱しているとも言える訳で……困った。
(名誉ある死か……ならデモンストレーションに生かしてやろう)
【名誉ある死】というフレーズは、前世の武士のような名誉と死を重んずる美学を持ったこの世界の騎士の心構えだ。
魔王軍との戦の時、騎士団長を務めていた伯爵は「生きて敗戦の恥を晒すぐらいならば、一兵でも多くの敵を葬り砦を枕に討死にする」と宣言し、俺達勇者を逃がして戦死した。
「『民の税で禄を食んでいる』と言える騎士は少ない貴殿に免じ俺も次兄に倣うことにしよう」
「オニさまにですか?」
一瞬、遠征軍の責任者としてのビンセントの顔が緩んだ。
子飼いの騎士に甘い次兄に倣うという発言が、今回は不問にする。あるいは懲罰は任せるという意味に捉えたのだろう。
「そうだ」
「では……」
「次兄に倣いこの者を罰する!」
「はあ?」
ビンセントから腑抜けた声が漏れた。
「デモンストレーションを行う。今回諸君らに配布している。ポーションタブレット並びに聖人級回復術師の能力を見せてやる」
魔術袋から取り出したようにに見せかけるため、ただの袋越しに【アイテムボックス】を使用して愛刀の柄だけを握り鞘から閃かせる。
ビンセントは驚愕の声を上げた。
「なっ! 何を!!」
腰を抜かしている騎士に剣を振り降ろした。
その太刀筋に一筋の迷いもない。
腕を斬り裂き返す刀で腹を捌く、腹を斬っただけでは人間は死なない。
「これより俺の慈悲で傷を治してやろう」
タブレットポーションを騎士の捌いた腹に、米を詰めるかのようにタブレットポーションを幾つか詰める。
血やその他の液体によってポーションタブレットは解け、淡い緑の光放ち傷口を即座に癒す。
少しの時間も置かず傷口は塞がれ、息も絶え絶えと言ったようすだが騎士は回復する。
「腕も治してやろう【リプロダクション】」
腕を生やす。
通常切断された部位が無事な場合、回復魔術で繋げる場合が多い。
なぜなら再生させるのは骨や肉を大量に消費するため、高貴な身分でもない限り栄養失調に陥り最悪死亡するからだ。
つまり俺はこの騎士に嫌がらせをしている。
食い意地を張って次兄が頼み込んで来てもらっている聖人級回復魔術師の不況を買い、腕を斬り飛ばされたお荷物というわけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます