第40話 フェンリル

 キャウン! キャウン! ピーピー。


「犬の鳴き声?」


 しかも子犬の鳴き声だ。

 【突撃狼アサルトウルフ】の子供だろうか? 単体でも比較的高い戦闘能力を有すると言うし、屋敷やみんなを守る番犬には丁度いいかもしれない。

 ペットとして飼うのが無理でもキチンと処理してあげないと可哀そうだ。


 【鑑定】スキルを発動させつつ、俺はそっと声のする森の奥に向かうことにした。

 【魔力感知】で周囲に薄く魔力を広げ感知しながら歩くこと数時間。

 うろの中に居たのは雪のように真っ白な白い犬だった。


「犬だ……」


「くぅん……くぅん……」


 哀愁あいしゅうただよう鳴き声が辺りに響いている。

 よく見てみると本当に可愛い子犬だ。

 ふわふわで真っ白の毛並みはまるで縫いぐるみのようだ。

 しかし後ろ脚に怪我を負っていて血で赤黒く染まっている。おまけに呪いを負っている。

 可哀想に……。


「狼……いやモンスターなのか?」


 疑問に思って【鑑定】スキルを発動させた瞳で凝視する。

 狼やただのモンスターではなく、伝説の魔狼『フェンリル』だそうだ。

 伝説と言っても大陸の北西地方で一度だけお目にかかったことがあるが、あれは正しく天災と言いうべき生き物だった。


「といっても今は日本犬の子犬にしか見えないがな……」


 そう俺が動物なのかモンスターなのか判別がつかなかった理由それは、洞の中の子フェンリルが日本犬にそっくり過ぎたからだ。

 通常のモンスターは、【角状部位】と呼ばれる魔術を使うための器官が存在するため一目で判ることが多い。


 だが、このフェンリルには【角状部位】が見当たらなかった。

 【魔力感知】によると辺りに他のモンスターの気配はない。フェンリルも子犬のようだし、何よりケガをして動けなさそうなので危険は少ないだろう。


「色は違うけど前世で飼っていた愛犬のポチと被るし、助けてあげないと可愛そうだ」


 可愛いフェンリルの子犬を見過ごすわけにはいかない。

 治して出来ればウチの番犬になって欲しい。

 それが無理でも野生に戻って人間を助けてくれるようなそんな存在になって欲しい。


 大人に成ったら人間を殺すかもしれないって? まだ子供だから殺したくない。子供だから助けたいという哀れみの気持ちに、相手が動物だから人間だとか区別するつもりは無い。

 それが俺のエゴだからと理解しているからだ。

 それに俺は……根っからの犬派で産まれた時から犬と一緒に暮らしている。


「――ッ! グゥウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛~~~!」


「俺は敵じゃない。怖くない怖くない」


 最初は唸り声を上げたものの俺が近づいて側に身を屈めると、縮こまってブルブルと震えるだけとなった。怖がらせてしまっているのかもしれない。


 【アイテムボックス】から死蔵することにした特製ポーションと小皿を取り出し、小皿に特製ポーションを注ぎ口元置く。

 毒がないことを視覚的に示すために指で触って舐める。

 飲みやすい青汁みたいな味がした。


「薬だ。飲めば傷が治る」


 そう言って差し出すとこちらを見ながら警戒したようすで一舐めする。

 どうやら美味しかったようで目の色を変えてペロペロと舐める。

 前世で大好きだったハンティングゲームのグレートな回復薬のレシピを参考に蜂蜜を入れたのが効いたのだろう。


「よしいい子だ。傷口を確認するぞ……」


 そう言って黒く変色し固まった毛をハサミで切りながら傷口を確認する。

 筋肉を越え骨が見えている。

 鋭い何かで攻撃されたようだ。


「……酷いな【ハイヒール】【ハイアンチカース】」


 傷を治しおまけに呪いも解除する。


「いい子だな」


「キャウ!」


 このフェンリルは賢い。

 治療しているって判っているようだ。


「お前どこから来たんだ。親はどこかにいるのか?」


 ワンワン鳴くだけで俺の質問に答えることはない。

 フェンリルが托卵……もとい同系統のモンスターに育児を任せるなんて話を訊いたことはない。

 しかし現実はそういう生態を持っているようだ。

 だけど本来の生息地はもっと北のハズだ何か北の方であったのだろうか?


 怪我を治したのでたんぱく質やカルシウムを摂取させないといけない。

 以前買った肉と内臓、野菜を【アイテムボックス】から取り出し小さく切って食べさせる。


「たくさん食べて大きくなれよ」


「ワン!」


 ガツガツと食べるよほどお腹が空いていたのだろう。

 空になった皿に水を注いでやると勢い良く飲む。


「ワン! ワン!」


 もっとよこせと言っているだろう。皿に手をあてたり、手を乗せて主張する。

 お代わりをよそってやると美味しそうに食べる


「美味しいか?」


「アゥアゥアゥウウウ」


 と遠吠えのような鳴き声をあげると体を擦り付けてくる。

 可愛い。


「きゃんきゃんっ!」


「ちょっと……」


 フェンリルは俺の膝上に昇ると、後ろ足立ちすると顔をペロペロと舐めてきた。

 犬にとって最上の愛情表現だ。

 今日は探索を辞めて帰ることになりそうだ。


「こんなところにいてもしょうがないから、一緒にくるか?」


「ワン!」


 フェンリルの頭を撫でてやると、もふもふだった。

 しかし少し脂っぽい。

 シャンプーをしてやる必要がありあそうだ。

 俺はフェンリルを離れに連れ帰ることにした。 

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