第61話 連絡と出来ること


「次兄とは『治療時には一人当たり神殿への寄付金の1.5倍を支払うことに加え、神殿と兄弟姉妹からの干渉を極力防ぐこと』を条件に、『自身が流した聖人が調査に同行する』と言う噂を事実にすることを認めました

。これは魔力ゼロで格下だと思っていた俺が、聖人級回復魔術師となったことを利用しようとした次兄含めた家族にとって、耐え難い苦痛だったと考えられます」


「確かに無能の妾胎だと思っていたし、自分の流した噂によって大幅な譲歩をすることになったが、事実上ナオスの後見人になれたことで後継者争いで有利に立てる俺が、そんなことをする必要があるか?」


 確かに言ってることはマトモだ。

 『神殿と兄弟姉妹からの干渉を極力防ぐ』と言うことは、そう言った政治の場と俺を繋ぐ窓口をすると言うことだ。


 現代風に言えば芸能人のマネージャーや事務所であり、仕事を紹介することでマージャンを得ている。

 今回の場合のマージンとは俺を紹介することで得られる人脈やコネクション、恩や金銭と言った有形無形に関わらないものだ。


 それを公爵閣下が戻るまでの期間限定とは言え保有できるのだその恩恵は計り知れない。

 公爵閣下が戻ったとしても、俺のマネージャーとしての経験を買われ家として行うときにもマネージャーの立場を保持できれば、直接依頼人とやり取りをするため旨味を享受することが出来る。


「ええ窓口となり有形無形に関わらない恩恵を享受するオニ兄上が俺を殺すとは考え辛い。しかし俺が恐怖心を持ってば自分の庇護かに下る。と考え行動したと仮定すれば辻褄は会いますそれが意図したモノか、はたまた便乗しただけかは今は判りませんが……」


 この際多少の論理の飛躍はどうでもいい。

 この場に居る三人がもしかしたら? と疑念を抱くだけでいい。

 疑いは信頼を揺るがし、判断を鈍らせる。


 疑念が兄に向かう限り兄は満足に動けなくなる。

 もしかしたら「この命令は自分を殺すためのものかもしれない」

 そして千の言葉を尽くそうとも疑念は無くなることはない。

 行動だけが疑念を晴らす唯一の方法となる。


「――ナオスの推理は的外れなものだが、今回の急な日程変更の詫びとしてナオスが望むモノを与えよう。例え公爵閣下に咎められようとも……」


 こうして俺は望んだ立場を手に入れた。



………

……



離れに戻った俺は奴隷メイド達に報告する。


「予定を早めて遠征に向かうことになった」


 側仕えであるイオが皆を代表して質問する。


「ことは急を要すのですか?」


「兄上は民の不安を取り除きたいたらしい」


「危険はないのですか?」


「基本的に回復魔術師は騎士や冒険者の後方にいいて守られる存在だから、騎士や冒険者ほど危険な目には会わないそうだ」


 これは前世の経験からも判っていることで、少人数のパーティーでもなければ回復魔術師は、護衛を引き連れた状態でやや後方で控える。

 食料などの物資の次に重要な生命線だから安全には配慮されている。


「モンスターが魔術などを使ってきたら飛んでくると私は不安です」


 戦闘経験がないイオにとって安全な後方にいるとはいえ、心配は絶えないことだろう。


「そうだな。だがある程度前に居なければ治療は出来致し方がない」


「――!」


 アイナリーゼは、何かを言おうとするイオの肩を掴んで首を横に振るとイオに耳打ちをする。

 しかしイオは納得が行かないようで顔を背け下を見る。


 アイナリーゼは「はぁ」と短い溜息を付くと、筆頭奴隷であるイオの代わりに言葉を締めくくる。


「安全には気を付けて下さい」


「判った……」


 こうして俺は遠征までの数日間を奴隷達と楽しむことにした。







 楽しむとは言っても遊んでばかりは居られない。

 全力を出さない関係上俺が出来ることは少ない。

 神殿に出向いて魔術を習い使用できるフリをするとか、ポーションの生産と改良程度しか思いつかなかったからだ。


 コッロス公爵家やその配下である騎士や兵士は、基本的に嫌いだが領民に罪はない。

 領民を守る騎士や兵士、冒険者・傭兵には領民のために適切な場面でその命を散らして欲しい。

 そのためにポーションを改良することにした。


 転生とその後のドタバタで、この世界で普通に生活できるように頑張ろうと思った矢先に、兄にボコボコにされ屋敷から追い出された。

 逃げ出さなかった理由は単純で今世の母親が屋敷に居たからだ。


 彼女に迷惑をかけないために俺は彼らの仕打ちに耐えた。

 結局、産みの母親は金子を持って地元に帰り結果的に俺を捨てた。


 だから俺も自分らしく生きると決め、コッロス公爵家を壊滅することにした。

 前世の母親がいるせいで今世の母親には特別な感情は何もない。


 意識の差か共に過ごした時間の差かは判らない。

 きっと俺が薄情な人間だからなのだろう。

 転生してからずっと不遇な扱いを受けていた。


 例外は自分で関係を築いてきた人たちだけ、奴隷達や冒険者の皆、グレテル先生と触れ合ってる間にすっかりここベネチアンの街が好きになった。


 だからを彼らを守る人間を助けるものを作るんだ!

 俺は過去『万能者』と呼ばれたもののそれは、一流に遠く及ばないことを暗に示している。


 そんな自分だから判るのだ。

 一人では限界がくると、だから自分以外も回復させられるポーションを作るのだ。


 しかしポーションの改良と言っても瓶やレシピは既に改良を終えている。

 これ以上となると更なるレシピの改良や、素材の変更しか思いつかない。


 例えば煮込んだり原液を希釈する際に使う『水』を、『酒』や『聖水』などの他の液体に変更することが手っ取り早いだろう――

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