第28話 緊急事態


 声のする方へ足を運ぶと息を乱した兵士が「魔術師さまは?」と大きな声で叫んだ。

 本邸の方を指さすと大慌てで本邸の方へ走って行く。


 一体何があったんだろう?


 暫くすると先ほどの兵士と老魔術師が慌てた様子で走ってくる。

 老魔術師は急ぐ兵士に手を引かれており、いつ転んでもおかしくはない。


「緊急事態だ。ポーションと回復魔術が使える術師を今すぐ連れて来い! 神殿にも要請をだしてくれ」


 ――と何事かと集まって来た騎士や兵士、従者に向かって命令を下している。

 俺は思わず問いかけた。


「何があったんでしょうか?」


「――ナオスさま。先日の爆発の調査に騎士団と冒険者が向かったんですが、亜竜……サラマンダーが出たらしく怪我人が多く出たらしいその救援に向かうのです」


 俺が魔力量を確認したばかりにこんな被害が……何だか申し訳ない気分になってきた。

 サラマンダーは危険度自体は高いものの人を好んで襲うことはしない極めて温厚な爬虫類? 両生類型のモンスターだ。

 俺の魔力か爆発によって目覚めたと言うのが妥当な線だ。


 木箱単位で積み込まれていくポーションの量は圧巻の一言に尽きる。

 荷馬車に荷物を積み終えると、老魔術師が声を上げた。


「回復術師は皆乗れ!」


 老魔術師の指示で回復術師は馬車に乗る。

 老魔術師の命令であることと、サラマンダーを呼び込んだのは俺が原因かもしれないから始末を付ける必要があるだろう。


「ナオスさま遊びではないのですぞ?」


「皆さまには劣るとは思いますが私も回復魔術師を使えます。多少のお役には立つでしょう」


「――死んでも知りませんぞ?」


「それで結構」


「なら私も――」


 そう言って声を上げたグレテル先生を乗せ馬車が走り出した。


「彼女達には?」


「施錠して離れから出ないように言い含めてあります」


「それは結構……質問なんだけどあの森にサラマンダーなんて出るの?」


「サラマンダーがポンポン出てきたら危ないですよ」


「それはそうだけど……」


「竜ではなくともそれに匹敵する亜竜と言われる上位のモンスターですから」


 やっぱり戦争がなくなって平和になったこの世界では、サラマンダー程度でも凶悪なモンスターになるのだろう。

 天幕に入るとその中は死屍累々の地獄絵図だった。


「これは酷い……」


「……」


 普段野営に使われている天幕の中には、数多くの負傷者が収容されており、彼ら彼女らの間を兵士や魔術師が走り回っている。

 天幕には怪我や火傷によって、すすり泣く声や「痛い痛い」と叫びうめく負傷者の声が怨念のように耳に届いた。

 戦友の手を固く握りしめ涙声で「術者はっ! ポーションはまだかっ!!」と叫ぶ怒号が響いた。


「――っ!」


 若い女術師は、戦場の空気に当てられたのか顔を真っ青にして口元を抑え走り出した。

 噎せ返るような死臭に耐えかねたのか、心が折れたのかまでは判らない。


 前世の勇者時代には、戦友の介錯を努めたことが何度かあった。

 死が身近になって心がすり減ればいずれ何も感じなくなる。

 その時が来れば一人前の戦士だ。


 パンパンと手を叩き注目を集めると老魔術師は指示を出す。


「手を止めず訊いてくれ、ポーションと回復術師を連れて来た。処置をしながら対処する」

 

「「「「「はい!」」」」」


 俺とグレテル先生以外は運んできたポーションを乱雑に摑むと、手を出して求める兵士に配っていく……救護に慣れた熟練兵はポーションを受け取ると直ぐに患者に与えた。

 中級ポーションが不足しているのか、ポーションで対応している。


 状況を端的に言えば無いよりはマシと言ったところだ。

 ポーションは傷や捻挫には良く効くが火傷などには効果は薄い。

 最低でも中級は欲しいところだ。


「トリアージに向かいます。グレテル先生サポートをお願いします」


「ちょっと!」


 俺は静止する声を無視して患者の元へ走った。

 

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