第33話 ポーションを作る


 錬金釜を使って途中までは通常のポーションと同じ製法で作る。

 魔力を流す代わりに手加減した【ヒール】をかけて出来上がりだ。


「【鑑定】」


 眼球に魔力を集め【鑑定スキル】を発動させると、ポーションの状態を確認する。

 

「げっ! 普通のポーションのハズなのに上級ポーションになってる……それに色もいつもの緑色から青色になってるし……」


 ポーションは回復魔術と異なり等級の幅が少なく、回復魔術の完全な役割保管を出来るわけではない。

 通常のポーションにヒールをかけるだけで、上級ポーションになるなんて夢にも思わなかった。


「……これはおいそれと出せない。封印だな……」


 気を取り直してポーションの容器作成を続ける。

 量産体制を確立し、長持ちさせることができ販売すれば有事のさいの死傷者は激減するだろう。

 奴隷達に掃除や洗濯、自分達の食事以外の労働時間中にポーションの作成をやってもらおうかな?


 そんなこと夢想しながらとにかく量産する。

 集中力はある方だが一つのことばかりやっていても飽きるので、時々やり方や魔法陣の効果を変えながら兎に角作る。

 無理をしても仕方がないので疲れたところでひと眠りした。




………

……




 穏やかな朝の陽射しが窓ガラスを通り抜け部屋全体を明るく照らしている。


「ん……」


「ご主人様朝でございます」


 イオの声で目で身を捩り上半身をベッドから起こすと目擦る。


「おはよう」


 ふと窓辺に目をやると日は昇っており、小鳥がさえずる姿が見える。

 俺の心は平穏を求めている。

 必要なのはもふもふではないだろうか? 鳥の羽と言うのも存外気持ちのいいものだ。


 しかし、動物の毛が一番だとなると犬か猫がいいだろうか? スラちゃんのように従魔というのもありだ。

 いや、ケモ耳や尻尾の生えた女の子もアリだ。

 悩ましい……。

 奴隷を買ったばかりだと言うのに新しいものが欲しくなる。


 人間の物欲と言うモノはまるでカラカラに乾いたスポンジのように、満たされることはないようで満たされれば満たされるほどに、次を求めてしまう。


「おはようございます。紅茶でございます」


 シルバートレイに乗せ運ばれてきたのは、白磁のカップに並々と注がれたミルクティーだった。

 紅茶の酸味が苦手な俺には、子供っぽいと言われるかもしれないがミルクティーかハーブティーが丁度いい。


「いただこう……」


 ソーサーを手で持って紅茶の香りと味を楽しむ。

 砂糖は入っていないもののミルクの油分が濃くとても美味しい。

 昨日まで全て自分でやっていたことを人がやってくれるのは、なんだかそわそわする。


 ベッドの上で紅茶を嗜む文化早朝のお茶アーリーモーニング・ティーは19世紀、英国の中産階級で流行った習慣でクラスメイトの金持ちが、海外のホテルで経験したといっていたことを思い出した。

 古代ローマ時代は、貴族でも日の出前に朝食を食べていたことを考えると約二千年でかなり遅くなったものだ。

 

「ご主人様こちらの瓶はどうされのですか?」


「昨日の騒動でポーションがなくなったからね。作ろうと思ってさ……良かったら空いてる時間でみんなにも手伝って欲しいんだけど……」


「もちろんです」


 昨日の話し合いで、イオとアイナリーゼの二人は対外的には侍女という扱いになった。

 侍女とは一般的に上級メイドなて呼ばれ、貴婦人やお嬢さまが連れ歩いているのをイメージすると判りやすい。主人の一切の身の回りの世話をする存在で宝飾品の管理も行う花形の職である。


 先生は必要ないといったのだが、二人の説得により普段は奴隷六人衆が世話をするが、必要があればイオかアイナリーゼのどちらかがグレテル先生の侍女を努めることになった。

 本邸の料理人が作った朝食を俺とグレテル先生は食べる。

 ほんとうは皆で食べたいんだけど、今日の重苦しい雰囲気のなかだとみんなも食事が美味しくないと思ったので提案しなかった。


「グレテル先生、キチマー夫人の提案で近々騎士と冒険者の元へ慰問することが決まりました」


「キチマー夫人。ムノー様の御母堂のことね……判ったわ」


「それでお願いがあるんですが……」


「騎士と冒険者両方のミナさまのやらかしによる影響が知りたいんでしょ?」


「その通りです」


「知り合いの伝手を頼って見るわ。今日は離れから出ないでね?」


「ええ今日は工作をする予定ですから大丈夫ですよ」


「工作? 昨日の今日でなにするの?」


「備蓄が減っているようなのでポーションを作ろうかと……」


「錬金術の基礎は教えたけど……あれだけの魔力制御ができるんだもの不思議はないか……」


 グレテルはテーブルマナーも忘れ、ナイフとフォークを持ったまま器用に片手で「あちゃぁー」とでも言いたげに顔を覆った。


「あはははは……」


 前世で習得したなんて口が裂けても言えないので愛想笑いで誤魔化した。




………

……



 奴隷達を前に立つ俺はさながら引率の先生のようパンパンと手を叩き注目を集めるとこう言った。


「みんなにはここにある薬草をすり潰してほしい」


「薬草ですか……」


「薬でもつくるんですか?」


 カイとクレアの二人が興味深そうに質問する。


「昨日のサラマンダー騒ぎでポーションを大量に消費したから、補充できればいいなって思って」


「ご主人様ポーションを作れるんですか?」


「作れるよ」


「回復魔術の腕がありながら錬金術も使えるなんて凄いです!」


「そうでもないよ。先ずは薬草を引いてペーストにしてくれるか?」


「ん……まかせて【ミリオンエッジ】」


 アイナリーゼは風魔術無数の刃を生じさせ鍋の中の薬草をペーストにした。

 今度氷と果汁でシェイク作って貰おうかな……


「はい。出来た……」


「ありがとう……」


 錬金釜に魔力を通してポーションを作成する。


「あとはその容器の八分目までポーションを注いでおいて? 俺とアイナリーゼは次のポーションを作るから……」


 ロクなメシが出てこなかった時期に、偶然生えた薬草を畑で育てているから足りなくなれば収穫できる。

 本当に数が必要になれば水にでも回復魔術をかけて通常のポーションとして売るか……

 そんなことを考えながら作業を続けた。


 さっきの反省を生かしてお昼は皆で食べることにした。

 最初は「恐れ多い」ですなんて言っていた彼女達と、食卓をともにすることに成功したが、頑なに上座だけには座ってくれと懇願された。


「美味しい!」


「濃厚だ」


「流石お貴族様の料理です」


 ――と俺のために用意された食事の量は過剰ともいえる量だった。

 以前、俺の食事を哀れに思い何度か差し入れをしてくれたあの料理人の気配りだろう。


「ふふ……」


 思わず笑みが零れる。

 転生して初めて今まで自分が、どれだけ恵まれた環境にいたのかを知ることが出来た。


「ナオスさま?」


 横の椅子に座ったイオが身を寄せ覗き込むような姿勢で声をかける。

 ゆったりとした服装のせいで深い胸の谷間が顔を覗かせる。

 俺は目を逸らすと……。


「なんでもないよ。俺は恵まれているんだって思っただけだ……」


「恵まれているのは私達の方です」


「え?」


 思わず声が漏れた。


「私以外の皆はナオスさまに体を治して貰った人間です。おの店にいた他のヒトも、昨日助けた人もみんなナオスさまが助けた人達です。それに私達はこんなにいい場所に住めてご飯も食べられて幸せです」


 奴隷の彼女達が恵まれている? 職業や住居を選択できる自由があるのが当たり前だと思っている。

 しかし身分制度や差別が明確に存在し、地球よりも食料に不安があるこの世界では、確かに衣食住の心配なく働ける今の状態は幸せなのかもしれない。


「俺も幸せに楽して生きたいだから自分だけよければ、手の届く範囲内だけでもそうなれば良いって思ってた……」


 俺の言葉に皆の食事の手が止まる。


「「「「「……」」」」」


「でも今は違う。俺が幸せに生きるために楽していきるために回りも幸せにしたいと思う。だからみんな協力して欲しい」


「「「「「「「「もちろん」」」」」」」」


 俺は自分の生活を豊かにした結果この世界を少しでも良くすることに決めた。 

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