第10話 マフィアとスライム
今日も質素な朝食を食べて転売業に生を出すため、橋向こうまで足を延ばすことにした。
ベネチアンは水の都とも呼ばれ、運河によって町は大きく二つに別たれいる。
それを繋いでいるのは四本の大橋だ。
そして領都の要である河から外れるほどに、美しいだけではない人とモノの坩堝としての一面を覗かせる。
しかし一歩裏通りに入ればその店構えも地味になり、さらに裏通りへと潜っていけば、治安の悪いスラム街だ。
仕事を求め流れて来た流民や、船員としてベネチアンに来たものの置き去りにされたり、果ては他国の犯罪者などその境遇はさまざまである。
しかし俺にはどうだっていい。
表通りに近い店は粗方回り、顔を覚えられている。
保護者役が存在し商人の子供や奉公人と言った身分があれば、怪しまれることはないが生憎と俺にそう言うものは無い。
つまりこの街で稼ぐには限界が来ているのだ。
より玉石混交の市場にはなるが、当りを引いた時のデカさは魅力的だ。
そして今の俺は連日の回復魔術の行使によってある力が戻った。
それが――【鑑定
勇者全員が所有する基本技能で宮廷魔術師曰く、魔眼の一種らしい。
回復魔術を使って体の一部を、
数日間に及んで地獄のような苦しみに襲われたがこれも必要経費だったと思う。
しかし今にして思えば【鑑定スキル】のせいで、武具の良し悪しを測る能力が育たなかったように思う。
だがそれも武具の転売をしている間に大分育った俺は無敵だ。
店のドアを開けるとカランカランと鈴が鳴る。
スラムの店だけあって防犯意識が高いのだろう。
「……」
この店は俺を客とは思っていないのだろう、いらっしゃいませの一言もない。
そんな態度なら俺も相応の態度でめぼしいものを買い漁ることにした。
瞳に魔力を込め鑑定スキルを発動させ武具を見定めた。
「払えるのか?」
怪訝な顔をされたので腹がったって金貨の入った財布をドンとカウンターに置いた。
「――チっ判ったよ……」
そんな心地の良い負け犬の遠吠えを訊きながらアイテムボックスに購入した武具をしまう。
わざとらしく余所者が大金を使って、オマケに高価な魔術袋を使ったように見えたのだろう。
すぐにゴロツキはやって来た。
「坊主一人でこんな所歩いてると危ねぇ俺達が家まで案内してやるよ」
「ヒヒヒヒっその代わりと言っちゃあアレなんだけどよぉ……」
「魔術袋と財布置いて行ってくれないか?」
「命までは取らないからよ」
煌びやかな都には必ず影――つまり格差がある。
都市に住のに税を払わない住民だ。
つまり支配者層にとっては何もメリットがない。
むしろ公衆衛生や治安を考えれば害悪でしかない。
放置された貧しいが故に産まれた社会的棄民。
そんな危険な場所に子供一人でなんのために出向いたのか? 答えは簡単なことである。小金稼ぎだ。
「自分達が狩る側だと勘違いしているようだな……」
「…………はぁ?」
「このガキ何を言って……」
「頭おかしくなんたのか?」
唐突に意味の分からない言葉を投げかけて来る変な子供に戸惑うゴロツキ達。
「あまり俺を舐めない方がいい。『魔術袋と財布置いて行ってくれないか? 命までは取らないからよ』だったか?」
俺は【アイテムボックス】から
「やるって言うのか!」
しかし男達が取り出したのは短剣程度……刀の間合いと比べれば玩具みたいなものだ。
俺は鞘から刀を抜き放った。
◇
「思いのほか金溜め込んでなかったなぁ~」
結局やつらのアジトまで襲撃したものの得られたのは、転売で得た稼ぎより少なかった。
「まあ金があれば普通は表で真っ当な商売するか……」
これだけ稼げるのなら藁しべ長者をする前に、ここで稼いでからにするべきだったと思った。
後悔できるのは選択した結果だと前世の人生経験から判断した。
冒険者ギルドで雑用の依頼を受けた後、石橋を渡っていると橋の下にぷるぷるとした半透明のモンスターを見つけた。
大きさはサッカーボール大で、大きくクリクリとした瞳が付いている。
形は丸くなんとも可愛らしい。
俺はそのモンスターに見覚えがあった。
今回の標的であるスライムだ。
スライムは悪食として知られ前世でいうところのスカベンジャーやスイーパーだ。
しかし増え過ぎれば道に溢れたり、河の水を伝って船に乗り込んで商品を喰らう。
適切に管理してやる必要があると言う訳だ。
ゲームでおなじみのスライムだがこの世界でもそれは変わらない。基本的に弱いモンスターであり、物理攻撃に耐性を持っているものの戦闘力は低く、スライムの魔石は子供の収入にもなっている。
今回の目的は適切に処理した時に生成される通称 “皮” だ。
ビニールのように使用できるため需要は高く、主な用途は避妊具だ。
洋の東西、否世界を問わず必要は発明の母なのだと、その用途を知ったとき身をもって痛感した。
スライムをしばき皮を取る。
冒険者ギルドに登録したばかりの俺が出来る仕事の数は多くない。
子供ということもあってか討伐系の仕事は、ランクが低い間は受けさせてくれないようで貢献度稼ぎをしている段階だ。
排水穴付近にキラリと光るスライムを発見した。
「希少種か……」
希少種と言ってもゲームのように数多くの経験値を落す訳ではなく、文字通り珍しいと言うことだ。
勇者の仲間にはテイマーと呼ばれる魔物使いが居た。
誠に遺憾ながら俺には才能がないらしくテイムは出来なかった。
地球に置いてきてしまった犬が恋しい。
多分、話し相手も友達もロクにいないからだと思うが……基本的に屋敷でも抜け出したここでも大半の時間を独りで過ごしている。
希少種であれば役に立つこともあるだろう。なくても寂しさを紛らわせることは出来ると考えテイムすることにした。
テイマー曰く「使い魔って言うのは、テイマーにとって武器であり足であり、そして目であり耳であり魔力を与え奪う存在」とのことらしい。
希少種のスライムに他のスライムの魔石を差し出すと、警戒しながらも近づいて来る。
魔石を吸収すると満足したのか目元が緩む。
「俺の仲間にならないか?」
スライムはぽよんぽよんと跳ねながら近づくと俺の肩に乗った。
どうやら肯定の意味らしい。
こうして俺は新しい仲間と冒険者ギルドからの信頼を得た。
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