第20話 胡散臭い奴隷商


 ベネチアンの街近郊の森で起きた大爆発のせいで、家中が騒がしく厳戒態勢が敷かれてしまい。離れから林に出ることも出来なくなっていた。


 農作業と訓練や勉強ぐらいしかすることが無いのだが、訓練はほぼ意味はない。

 勉強だって読み書きが出来るし、数学や化学に至っては前世の知識よりも劣っているため、勉強することは歴史や文学と言った。実学と無関係な教養に片足を突っ込んだものが多い。


 メイドやグレテル先生経由で、身の回りの世話をしてくれる従者が欲しいと願い出たのだが平民の俺を世話したい。と言うメイドはおらず下男や下女すらも来てくれなかった。

 

 ――と言う訳で折角の機会だから従者を買うことにした。






 

 従者と言っても金で買う奴隷だ。

 前世の感覚では奴隷はダメ絶対と、薬物のポスターで見た評語のように反射的に忌避するかもしれないが、実態は異なる。


 成人男性の値段は平均的に平民二年分の年収であり、創作である暴力を振るったり欠損をさせるなんてのは、高級車を壊すような馬鹿のすることだ。


 そして有史から今の今まで世界には名前を変えた奴隷が存在する。

 中央アジアのテロリストの間では現役だ。

 それに奴隷は衣食住が保証されているこの世界基準では恵まれている。


 この世界において奴隷とは主に、戦争奴隷、犯罪奴隷、借金奴隷、身売りした奴隷、奴隷の子の五つに分類されている。

 そしてここベネチアンの街は、人やモノそして奴隷さえも良くあつまる。

 処刑などが行われる広場では外から持ち込まれた奴隷を販売する奴隷市が開かれており、常設の奴隷商会なども数多くある。

 

 前世この世界に来たばかりの頃であれば、回れ右をして帰ろうとしただろう。

 否あるいは性欲に負けるかこの世界のルールだと諦めただろうか? そんなことを考えても過ぎ去りし日々は戻ってこない。


 俺は頭を振ると、轍が刻まれるほど風化した石畳の上を歩いていく……広場には亜人種を含む様々な人種が老若男女が鎖に繋がれボロ布を纏っている。

 その数は数百、数千では利かない。

 周囲の喧噪は騒がしくまるで祭りのようだ。


 しかし、鎖を引きずる音はひっきりなしに聴こえても、すすり泣く声や鞭を打たれ絹割く悲鳴は聞こえない。

 それは全て『奴隷魔術』と呼ばれる呪いによって成り立っている。

 俺は目を背けると速足で歩きだした。


 腰に剣を佩したグレテルは慣れた様子で改めて道徳から違うのだと認識する。

 しかし異臭はほとんどしない。

 人間が多く集まっているのだから、腋臭や体臭、汗の匂いはするものの不衛生な “奴隷” と言うステレオタイプとは異なり、比較的身綺麗と言える。


 その理由はベネチアンの街は豊富な真水と海水を自由に使えることに加え、勇者クラスメイトの誰かが広めた石鹸によるところが大きいだろう。

 油は、廃油でも獣油でも何でもいい。

 また魔術が使えても才が無く『まじないし』と呼ばれる低級魔術師が多い事も理由だろうか。


 そんな彼らを上等な服を着た奴隷商によって売りさばかれている。

 

「成人男性一人1000ゴールド! 1000ゴールドだよ」

「ウチのは一人980ゴールド! 980ゴールドだ。品質もいいよ」


 ――と仕切りに呼び込みをしている。

 奴隷の価格は、前世からあまり値は上がっていないようだ。

 前世だと家族四人の一年間の生活費が500~1000ゴールドだったと記憶している。

 無理やり前世のモノに例えると工業用の機会とか、普通自動車以上の車とかだろう。

 

 前世の経験から言えることは幾つかある。

 奴隷商人の言うことは真に受けるな。

 店頭に並んでいる奴隷は優れた奴隷ではなく、上客のために取ってあると言うこと。


 それに店で売っているのは戦争、犯罪、借金、身売りの何れかである第一世代の奴隷のため、反抗的で言うことを訊かなと言われている。ここら辺も前世と同じだ。


「本当に奴隷を買われるのですか?」 


「ああ、やってもらいたいことは炊事や洗濯と言ったものだから無理に男の奴隷でなくてもいい」


「技能持ちは高価ですよ?」


「閣下から金子を預かっているので問題ない」


「なら問題ないですね。お店に入りましょう」


 奴隷市を抜け表通りから一本、また一本と路地を入った先に奴隷商の館がある。

 赤レンガ造りの立派な建物の商館の外には、客を寄せるためなのか、見栄えのいい筋肉質な若い男奴隷と見た目のいい女奴隷が展示されている。


 客寄せパンダと言ったところだ。

 店に入ると紳士とでも形容するべき服装の男が背を向けて立っていた。

 彼の視線の先には守衛と思われる槍で武装した男女が立っている。


 業務について命令でもしているのだろう。

 俺達に気が付いた守衛は店員と思われる奴隷商に客が来たことを囁くと奴隷商はこちらを振り向き、挨拶をするとニィっと口角を上げた。


「いらっしゃいませ。お客様」

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