第58話 人の名前が覚えれない


「お持ちします」


 屋敷の敷地内を歩いていると、少し離れた所にいる人間から声をかけられた。 

 音の鳴る方へ視線を向ける。


 そこに居たのは、騎士とも兵士かも判らない年若い男性で、何やら親し気な笑みを浮かべているものの、俺は彼の顔に覚えがなかった。


誰だっけ?


「えっと……」


 基本的に貴族は使用人のことなんて家具程度にしか考えていない。だからどうだと言う訳ではない。俺は前世から人間を覚えるのが苦手なのだ。


 前世でクラスメイトの名前を間違えまくり怒られた経験から、初手相手の名前を呼ばず「よお!」や「久しぶりだ。えーっと……」なんて前置きをするようにしていた。

 

 しかし……「ねえ佐藤くん。きみ私達の名前覚えてないでしょ?」と見破られオマケに「そんな浮気性の彼氏やホストみたいに彼女の名前を呼ばずに、全員を『きみ』とか『姫』とか呼ぶような、小手先のテクニックを使ってるんじゃないわよ」と怒られてしまった。


 その事件以前にも「あのね佐藤くん、名前を覚えてないからって『加藤』とか『鈴木』とか、人口が多そうなのを上から順番に言うのやめようよ。デフォルトネームくん」と言われたことがある。


 それ以降しばらくの間あだ名が『デフォルトネーム』になった。


 『佐藤一郎』ってそんなにデフォルトネーム感あるか? 『山田太郎』とか、『加藤幸太郎』の方がデフォルトネーム感あると思っていたのに……



 俺が言い淀んでいる姿から察してか男は自身の素性を語り始めた。


「覚えていらっしゃいませんよね。サラマンダーの時に治して頂いた患者の一人です。他の騎士や兵達も貴方には感謝してるんです」


「ああ……」


 最近視線を感じると思っていたのだ。

 仕事として遠征に随伴する関係でも妾腹の俺が、本邸周辺をうろちょろするのが気に入らないのと考えていたのが、どうやらそれは考え過ぎだったようだ。


「運んでいるのはポーションですよね? 最近は訓練の際にも飲むことが出来るので実践に近い訓練を安心して行えます」


 木箱に入ったポーションの瓶はカタカタと音を立てて、二人によって運ばれる。


「それは良かった。騎士も兵士も領民を守る矛であり盾だ日頃の訓練の質が良ければサラマンダーだって倒せるさ」


「……私は先祖代々コッロス公爵家の騎士ですが養子なので、ホンモノの騎士のようには出来ません。でも立派な騎士でありたいと思っています」


「知っているか? 魔王を倒した勇者は平民だったそうだ……」


「へ、平民ですか?」


 騎士は戸惑いと驚きが混じったような声を上げる。

 神殿や国々は救世の勇者は神の使いであるため、その産まれが異界の平民であることは隠していたと記憶している。

 まあ人の口には戸が立てられないため、高位貴族の間では公然の秘密と言う奴なのだが……。


「しかし彼らはその高い志と能力で実力を付け魔王を倒した。だからお前も出来るとは言わない。俺はこう思うんだ産まれよりも育ち、育ちよりも志が重要じゃないかって……偽物だって……平民の産まれだっていいじゃないか? だってお前は騎士道文学に出てくるような本物の騎士を目指してるんだろ? だったら高貴な産まれであるだけで、偉そうな態度取って居る奴よりもお前はより立派だと思う」


「お、俺頑張ります!」


 気を使っていた『私』と言う一人称も、本来の『俺』に戻って涙を流している。

 感情論で話をしてしまっただけではなく嘘? もついてしまった。

 俺のクラスメイトの中には士族や華族、果てには外国の貴族の血を引いた人間も居たたものの現代日本には、名目上貴族は存在しないため嘘は付いていないハズだ。


「おう頑張ってくれ」


 俺の肉楯になってくれ。


「はい!」


 次兄のオニに提案した結果、遠征の際には個人にポーションを携帯させ継続戦闘能力と、損耗率減少に力を入れることになった。


 レシピは前世と異世界の知識を参考に簡単に作れるレシピへと変更し、奴隷メイド達に作らせているため結構な稼ぎになっているため、彼女達には一部をお小遣いとして渡している。


 俺にとってはありがたい限りだ。

 人好きする笑みを讃えポーションの箱を軽々と運んでいく、重く面倒なことだから助かるものの少しだけ申し訳ない気持ちになる。


 だからと言って奴隷メイド達に運ばせることはできない。

 皆、美人だから騎士や兵士が手を出さないとも限らない。

 法的にはどこまで丁寧に扱おうとも物であるため、刑罰が甘くなるからできるだけ男所帯の場所には連れ出したくない。


「騎士団長、ポーションをお届けに上がりました」


 騎士団長が詰めている執務室のドアをノックし返事が返ってくるのを待ってから入室する。

 幸い騎士団長は書類仕事をしている最中だったので、ドアを開け二人で騎士団長に納品する。


 少し前までは倉庫に納品していたのだが、ポーションの性能と味が良すぎるため隠れて飲む輩や横領する輩が出たため、責任者の部屋に運ぶことになったのだ。


 実はもう一つの納品先である近衛騎士団の騎士は、倉庫でメイドと逢瀬をしている最中に気付かず入室してしまい。

 両者に罰を与えることになってしまった。





【誤字脱字修正は少し遅れますリアルが忙しいので!】

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