第53話 次兄の依頼


「やはりナオスには此度の事変に対する調査に出て欲しい」


 次兄の執務室に呼び出された俺は、椅子やソファーに座ることなく立ったまま次兄の身勝手な意向を訊かされる。


「拒否します」


「……俺に敵対してどうする?」


「この家のせいで権力が嫌いですので感情の問題です。それにあなたに協力しなければ長兄や三男に恩が売れる……十分なメリットだと思いませんか?」


「――っ! 貴様! 貴族としての誇りはないのか!?」


 語気を強め怒号を飛ばすが何の恐怖もない。

 魔王やその配下と比べるのは流石に可哀想だろうか。

 

「権威が効かなければ恫喝し武力に訴える……清々しいほど愚か者ですね? そちらの方にも同情します。第一俺は貴族籍に載っていない私生児ですよ? 貴族の誇りなんてあるわけないじゃないですか? そう言った精神構造を形成する過程を踏んでいないのですから当然でしょう?」


 そう言って次兄の乳兄弟に視線を向けると目をそらし伏せた。

 道理がないと言うのは判っているのだろう。乳兄弟としての役割である忠告を果たせと言いたい。


「そこに直れ! 叩き斬ってくれる!!」


「へぇ……そう言うこというのか。いいのか? 頼みの綱の俺を斬り殺して……」


「おやめください」


 そう言って手を伸ばし次兄の乳兄弟が割って入る。


「やっぱり貴族って言うのは、民から搾取するだけの血統書付きの盗賊だ。文明人を気取るなら相手に受け入れたくなるような条件を提示しろ、それでだめなら実力行使に打って出ればいい。そでもしなければ貴族は盗賊と変わらなくなる」


「――なッ!!」


 次兄は驚きの余り二の句が出てこないようだ。

 それでも振り絞って言葉を紡ぐ……


「き、貴族を盗賊と同じだと言うのか!!」


「ええ、元を辿ればみな平民だ。裕福になれば集団を束ねる存在と集団を守る武力が必要になり、それらはやがって同一の存在となるそれが貴族、つまり血統や伝統で着飾った由緒正しい品のある賊と言う訳だ」


 少なくとも前世の村や国の発生はそんな理由だ。


「半血を別けた存在だからと甘い態度をしていればつけあがりおって決闘だ!」


 そう言って次兄は白い手袋を投げつけた。

 ひらりと身を躱し手袋を避ける。


「人にモノをぶつけるなんて失礼な人間だな……」


「決闘を受けるのは貴族のマナーだぞ?」


「貴族って……何度も説明しているように俺は貴族じゃないんだけどなぁ……」


 ポリポリと頭をかく。


「それに決闘で負けたからって俺が命令を訊くと思うのが馬鹿だ」


「なにぃ?」


「決闘で負けたから相手の言い分を受け入れるのは貴族とか、そう言う社会から爪弾きにされないための処世術だ。貴族からハブられても問題のない俺にとって、何の効力にもならない脅しだって考え付かないのか?」


「……」


「それに俺がコッロス公爵家憎しで敵対勢力に身を置くとは考え付かないのか?」


「――っ! き、貴様ぁ!!」


 肩を怒らせ数歩の間合いを詰める。

 俺がコッロス公爵家の敵になると言う考えていなかった否、考えたくなかった事実を突きつけられ冷静ではいられないのだろう。


「そんなに興奮しないでください。もしもの話をしたからと言ってこうも感情を露わにしていては、腹芸を求められる政治や商売の舞台ではお話になりません。つまり話し合いにもなっていない貴族失格と言わざるを得ません」


 と心の中で安〇晋三が言った。


「俺を馬鹿にするのか?」


 おっと口に出していたようだ。


「事実を指摘したことを馬鹿にしていると感じるのならそうだ。既に俺が出陣すると言う話を内外に出してしまった結果引くに引けなくなっているのだろう? 何度も言っている俺にメリットを示せと言っているだけだ」


「そうだ。貴族籍に戻してやろう」


「いらん。コッロス公爵家の名など不要だ」


「……っ! なら爵位はどうだ? 独立した家ならば名目上の当主だ!! 名目上貴族に直接命令できるのは王や皇帝だけだ」


「必要ならば自分で得ることが出来るソレに魅力はありません」


「なら金か? 女か? モノか?」


「欲しいモノは自分で手に入れるので結構です……なのでそうですね金と自由を下さい」


「金と自由だと?」


「ええ、世の中金があれば大抵のことは解決できます。爵位や女、モノだって買える」


「商人のようなものいいだな」


 冷静になった次兄は椅子に腰を降ろす。

 見計らったように乳兄弟が耳打ちをする。


「……将来力を持つのは恐らく商人ですから」


 これは世の常だ。

 近代化すれば貴族は没落し資本家が台頭する。

 やがて密室政治は開かれた議会政治に移行する。


「商人の合議で決まると言う共和国のようにか?」


「ええ」


「……今回出陣するだけで半年分の歳費と同額を支給する」


 正直これだけでもかなりの金額だ。

 通常聖人とこなり俺の再生は【ヒール】と同程度の魔力で済むため、疲労度合いからすれば高収入になる。

 だがここで引いては舐められる。


「それだけですか?」


「一名の治療で神殿への寄付金の1.5倍を支払うことに加えて、神殿と兄弟姉妹からの干渉を極力防ぐことを約束する。ただしこの件は遠征中の父上には相談し判断をしてもらうまでの一時的な措置とする。これでお前は神殿・兄弟・俺の陣営に参加することなく自由を謳歌出来るぞ」


「……よく提案できますね」


「優秀な乳兄弟がいるからな……この領都にとって最善の結果を考えただけだ」


 領主の座に固執しているだけの愚か者と思っていたが、予想外の事態によって一皮剥けたのだろう。

 その原因が偉そうに言っても仕方がないが。


「契約成立だ」


 そう言って俺は手を差し出した。

 次兄は握り返すとこう言った。


「ああ、だがお前がこんな大物になるとは思わなかったよ今まで済まなかったな」

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