第55話 ヒュドラの猛毒


 【魔力探知】はのため現代魔術(魂刻こんこく法)の影響を受けない。

 だからこそこんなことも出来る。


「【ソーナー】」


 【身体強化】を解除して【魔力探知】を強力に発動させた。

 指向性なんか持たせず全方位に数度魔力の波をぶつける。

 魔術師は魔力を知覚するため、経験則から敵の場所を割り出せる。


 【身体強化】を解いたことを好機とみたのか、さきほどのような【魔力探知】で仲間の居場所を探られることを恐れたのか、慎重さを掻いた攻撃を放った。


 精細さを掻いた突きなんて分かり易く避け易い。

 半身になるだけでヒラリと躱せる攻撃なんか怖くない。


 ザシュ、ザシュ。


 何度か攻撃を浴びるが薄皮を斬るだけで有効打には及ばない。

 目線や予備動作、攻撃後の体捌きで次の攻撃は予測できる。からだ。


 たった一息の呼吸。暗殺者と俺の間でいくつものフェイントが繰り広げられる。

 しかし俺の方が経験を積んでいる。


 勇者流の元になった剣術には起こり……予備動作を誤魔化したりフェイントをする技や構えが内包されている。

 おまけに座禅や瞑想、度重なる殺しの経験で俺の心は冷静を保てるためフェイント合戦は俺の有利だ。


 殺気や殺意を誤魔化し目線や呼吸で相手を欺瞞し、精神を削り遅い攻撃でも確実に反応できないように追い込んでいく……


 その時男の攻撃が飛んでくる。

 しかしそれは予想外のものだった。


ピュゥ。 


 矢が飛び出し俺の腕を掠った。

 仕込み杖ならぬ仕込み槍だったようで、即座に鑑定スキルを発動させると風魔石を用いた空気銃のようだ。

 しかも鏃には毒が仕込んであるようだ。


「毒か……」


 俺の言葉に男はニタリと笑みを浮かべ口角をニィっと釣り上げた。

 毒の種類は拉致するための麻痺毒ではなく、殺すための猛毒それを複数合わせた毒のカクテルだ。

 しかし慌てる必要はない。


「卑怯だとは言うまいな? 俺は剣士でも騎士でもなく暗殺者なのだから……」


「しかし回復魔術師それも聖人級に毒を盛るなんて愚かだと思わないか?」


 仕留めたと確信したのか暗殺者は雄弁に毒の性能を語る。


「その毒は他頭毒蛇ヒュドラなど毒で有名なモンスターの生物毒を混ぜ合わせた秘伝の猛毒だ。例え聖人であろうとも毒の種類が判らなければ解毒は出来まい」


「複数の毒を混ぜれば症状から診断も難しいと言う訳か」


「その通りだ……」


 暗殺者とは常に日陰者でいることを強いられる。

 有名な暗殺者なんて人相の割れた潜入捜査官と同じだ。


 だから自己承認欲求に飢えているのだ。

 直ぐに死ぬ対象なら開示し毒の……それを調合できる自分の凄さを実感できるから。


 俺はこの暗殺者のことを超一流だと思っていたがどうやらそれは勘違いのようだ。


「お前のことを超一流だと思っていたが、どうやらそれは勘違いだったようだ。お前は超一流なんかじゃないド三流だ」


「――っ! 俺達は東方の暗殺集団『蛇』の流れを汲む『海蛇』頭目ファルド様だぞ!!」


似たような相手と戦ったことがあったな、確か前世のは『鷹』だったか? 『蛇』だの『鷹』だのNARUT〇かよ……


「自分の来歴をそんなにペラペラ喋っていいのかよ?」


「冥途の土産と言う奴だ」


「自身満々だな……だが解毒はできるぞ?」


「強がりはよせ。奴隷となり我が主に忠誠を尽くすのであれば、解毒薬をやろう」


 そう言ってポーションを取り出した。

 鑑定してみるとどうやら嘘は付いていないようだ。

 しかし本当のことも言っていない。

 完全な解毒ではなく症状を緩和する程度のもので、例え助かったとしても障害は残りそうな不完全なものだ。


「不完全な解毒薬を対価に奴隷になる道は選べないな……」


「……」


「図星か?」


 男は絞り出すようにこう言った。


「……だったとしてもお前が生き残る道はこれしかない!!」


「それがそれだけじゃないんだなあ……【ヒール】」


 俺は一瞬で毒を解毒した。


「ハッタリはよせ。もうすぐ内臓が毒に侵され使い物にならないくなるぞ?」


「それはどうかな?」


 会話の最中互いに一度も崩す事の無かった構えが崩れ、俺は中段の構えから上段の構えを取った。


 中段の構えは剣道や剣術で、攻防一体の基本中の基本であり、大半の選手が最初から中段の構えから試合を始める。


 理由は単純明快だ。

 そして俺は上から下へVの字に動かし続け “起こり” を誤認させてきた。


 五歩踏み込んだ瞬間。

 それこはまさに死地。

 それは剣先がわずかに交わる『一足一刀』の間合いだ。


 それも大人と子供の体格差を考えれば、有効射程リーチの差は二倍近く当然ながら有効射程リーチの長い方が有利とされる。


 だがこちらは完全に虚を付いている。

 一刀で全てを断ち切る剛剣を放った。


 バタリと音を立てて暗殺者は地面に倒れた。

 その躰は完全に二つに分かれている。

 それこそ聖人でもない限り治せない重症だ。


「馬鹿な……どうしてあんな速度で動ける?」


「そういうところがド三流なんだよ」


 俺が魔術師だと言うことは知られている。

だが魔術の最大発動数はどうだろう? 俺はわざと【身体強化】を一度解除して【魔力探知】を使う姿を印象付けることで、一度に複数の魔術を使えないと誤認させた結果大きな油断を作ることに成功したと言う単純なものだ。

 

 そしてその質問に答えると言うことは情報を露呈するリスクだけを上げる。

 何の意味もない自己満足でしかない。

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