第31話 正義マンとレスバトル
状況が一段落したころ複数の
「サラマンダーが出たと訊いて駆けつけて見ればなんですのこのありさまは?」
ドレス姿に腰に細剣を刺した金髪立てロールのザお嬢様と言った風体のこの女は、俺の姉のミナ・コッロスである。
選民思想丸出しで「貴族に非ずんば人に非ず」を公言して
周囲を一瞥し被害の規模を確認するとこう
「サラマンダー程度にこれだけの被害を出したんですの?」
「申し訳ございません」
比較的軽傷の騎士が膝を付いて謝罪の言葉を口にした。
「わたくしは謝罪の言葉を訊きたいのではありませんの、なぜこうなったのか理由を知りたいだけです」
「死者は居ますの?」
「冒険者に――」
ファーの付いた扇をピシャリと鳴らし騎士の言葉を遮るとこう言った。
「――平民それも冒険者などよほど高位でもなければ、幾らでも替えが効きます。その高位冒険者も半人ですわ。私が聞いているのは当家の騎士と、非人の兵士の使用者数です」
「騎士の死亡者数0兵士も同様です。しかし重傷者が多くいます」
「後日見舞金を出すように、わたくしからも報告しましょう。物資と食事を持ってきましたの詳しくは、わたしくしのメイドから説明させますわ」
そう言うと縦ロールを
無駄な言葉が無ければ兄弟姉妹の中でも優秀な方なのに……
そんなことを考えていると背後から女性に声をかけられた。
「あの! さきほどはありがとうございました!!」
振り返って女性を見れば先ほど吐いてあたふたしていた回復術士だった。
「何が?」
「私を助けて下さって……」
「俺は患者を助けただけだよ、だからあなたに感謝される理由がない」
「それでも私はあなたに救われたって感じたんです。だから感謝の言葉だけでも受け取ってください」
そう言うとペコリと頭を下げた。
「……」
気恥ずかしくてぽりぽりと頬をかいた。
すると……
「ふん! 何が患者を助けただけだ見殺しにしていった癖に……」
と救助が開始したときに俺を呼び止めた若い魔術師に難癖を付けられた。
「見殺しだなんて……乱暴で物騒な言い方ですね」
「事実でしょう? あなたは身体に触れながら声を掛けたあとポーションを飲ませるように指示を出すだけで、色の付いた木札を置くだけでその場を後にする……回復魔術が使えるのなら目の前の患者に全力を尽くすべきだ」
それは青臭い理想論だ。
この場に十二分な回復魔術師とポーションがあれば彼の言うことは間違いない。
しかし医療の現場に余裕があるなんてことは、有史以来一度もない。
現代日本でも
常にキャパシティーオーバーで働くことが数十年常態化しており、休日でも半休取れれば御の字だそうだ。
戦争の起こっていない日本でこれなのだから、彼の言う理想論がどれだけ現実を見ていないものか判るだろう。
だから俺は彼の理想を一刀の元に斬り伏せる。
「それは理想論だ。ポーションも魔術師の魔力も限りある資源だ。一般的に言う貴族と平民で身分差があるように命も差がある。それは貴族だとか平民だと言う目に見えない物差しではなく、命の危険がどれだけ高いか? と言うものだ『トリアージ』と言う言葉を知っているか?」
「……しりません」
「病人の状態を四段階で現わしたもので、優先度が一番の救急治療。優先度が二番目の準救急治療、優先度が三番目ので現わされる待機、優先度が四番目で黒色は死亡または、直ちに処置を行っても明らかに救命が不可能である可能性が高い場合。そして必要がない待機に分類される」
俺は一拍おいて話し始めた。
「大を救うために小を見捨てる命の選択だ。見殺しと言われても否定はしない。俺は限られた医療資源を有効活用し身分の貴賤なく症状に応じて適切な治療をしただけに過ぎない。目の前の命……と言うか人物の権力だけ見ていたのは老魔術師だがな」
俺は天幕から見えるシナスだかシッヌとか言う騎士に、媚びへつらう老魔術師の方へ視線を向けた。
「「……」」
あの騎士は鑑定スキルを使うまでもなく優先順位は後でよかった。
「我々は全てを救える万能の神ではないのだ。その使徒たる勇者達でさえ全ては救えない。だったら自分の手の届く範囲内の命を救うことに全力を傾けるべきだと俺は思うがな……」
トリアージの問題点は彼ら彼女らにはあえて説明しない。
俺に利益がない上に説明や妥協させることが面倒だからだ。
現代でも医療倫理だの差別だの医療ミスを2、3割許容したり脳挫傷や出血症状が見過ごされたりしている。
他には元々軍医が提唱した野戦病院でのシステムのため、戦時下では戦線に復帰しやすい軽傷者が優先され、医療資源を多量に消費する重傷者は見殺しにさる結果、未亡人や息子を亡くした母が増え反戦意識が高まったり財政を圧迫する。
「ナオスさまの言うことは極めて現実的だと理解できる……だけど俺の感情が現実的であっても人の命を見捨てることは出来ないと考えてしまっているです!!」
若い魔術師は膝から崩れ落ち嗚咽を漏らしながら涙を流す。
その姿を見っともないなんて思わない。
自分が彼ぐらいの年の頃どんな人間だったか……
魔王を倒し元の世界に帰ることばかり考えていて、この世界で知り合った人間と深く関わろうなんて思わなかった。
クラスメイトと一緒にいてだけど彼らと違って俺は、この世界の人達と自分から触れ合わなかっただから、俺だけずっと子供で元の世界に帰るなんて夢だけを追いかけて、現実から目を背けた結果。
だれも訪れることのない秘境の遺跡で誰に看取られる訳でもなく死んだ。
幸運だったことは女神さまに転生させてもらったことだ。
だから俺は彼にも諦めて欲しくない。
メリットがないから黙っているなんて、思ったけど実のところ理想論で生きている彼が眩しくて、自分を見ているようで心底嫌いだった。
だけど……彼が聞きに来たら教えよう。
自分でも思うが捻くれていて、めんどくさい。
三つ子の魂百までなんていうけれど、それは生まれ変わったとしても変わらないようだ。
「諦める必要はないんじゃないか?」
「え?」
「なんでも治せる医者になるて、英雄願望を持ったっていいじゃないか自分一人で出来ることなんてたかが知れている。だったら個人技がだめなら人数で解決すればいいじゃないか、薬の数がたらないなら、保有量を増やしたり有事の際には徴発する約束を商会と結べばいい」
「……」
泣き腫らし充血した赤い瞳がこちらを向いた。
涙を流し己が無力さを嘆いていても仕方がないと悟ったのだろう。
この世界の人間は命の危険と隣り合わせのせいか、変に大人っぽかったり達観している。
「こどもの俺でも意見は出るんだ。回復魔術師と文官たちで話し合えばよりいい意見もでてくるだろう……」
船頭多くて山に登るなんてことにならなければいいけど……空気を読んで黙っていることにした。
「すいませんでした」
そう言って深々と頭を下げたその姿は土下座だった。
この世界では東方人の一部が神に祈る所作に似たものがあるが、この国での知名度は低い。
恐らく俺達に影響を受け最上位の謝罪となったのだろう。
「謝罪は不要だ。公爵家の魔術師である貴殿の方が、庶子である俺よりも公的な立場が上だからな……」
「……ではそういうことにさせていただきます。今回はご助力とご指導ありがとうございました」
「コッロス家は嫌いだが領民は悪くない。さらに言えば俺はベネチアンの街が好きだからな……」
こうして救急治療は一件落着し、俺とグレテル先生は一足先に屋敷に戻った。
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