第60話 元勇者は抗議し要求する。
騎士団長を引き連れた俺は本邸の執務室に来ていた。
「約束が違いますけど?」
「約束? ああ出発の日時の変更のことか……それがどうした?」
「あの日した約束と異なるので契約内容の変更による不平等な契約を解消しようかと思いますして……」
「契約の解消? はっ! 今更何を馬鹿なことを……」
そう言って椅子から立ち上がり窓を向き背を向ける。
それはこれ以上話をしないと言う意思表示だった。
「ですから当初の予定通りの三十日に契約を履行させていただきます」
「――っ! それでは遠征に同行出来ないじゃないか!」
「約束と違うぞ!?」
二人から抗議の声が上がる。
手を上げ二人の言葉を遮ったのは側近を努める乳兄弟の男だった。
「ですがナオスさまは、治療するさいには一人当たり神殿への寄付金の1.5倍を支払うことに加え、神殿と兄弟姉妹からの干渉を極力防ぐことで合意したハズです。それを一方的に覆すのはどうかと思います」
「先に覆したのはそちらでしょう? ですのでこちらにもっと譲歩した条件に変えて欲しいのです」
「それはっ――!」
またも次兄の言葉を遮って側近は発言する。
「お話を訊かせて貰ってもよろしいでしょうか?」
「もちろん。まず時期を変更したのは契約違反なので、そちら側に本来契約を続けるかどうか選ぶ権利はない。ことを理解してもらいたいのですが……」
「……」
二人に視線を向けるが理解はしているものの、ここで「はい。そうです」と答える訳には行かないようだ。
「はあ……」と短く深い溜息を付くと説明を続ける。
「まあいいでしょう。ですので俺に遠征に同行して欲しい場合はより一層の誠意を見せて欲しいと思っています」
「誠意を見せろ」なんて言い方はお客様は神様ですと言う日本でしか通用しない言葉だ。
直接金銭を要求すれば恐喝にあたるが、こう言った濁した言葉では
こうした言い方をする奴は過去の体験からラーニングし、その行動を決定的な失敗がない限り繰り返す。
しかし恐喝が明確な罪ではないこの世界では、こんな婉曲表現は奇妙に映ることだろう。
「……誠意とは?」
予想通りその言葉は震えていた。
俺の思考を測りかねているようだ。
「金銭と俺を『
「自由騎士だと――!」
『自由騎士』とは特定の主君や国家に帰属せず各地を放浪したり、何らかを求める求道者のように生き、宮廷と戦場を渡り歩く騎士――と言い繕ったところで『牢人(浪人)』と変わらない。
『自由騎士』の多くは傭兵や冒険者の真似事をして、日銭を稼ぎ
しかし教育を満足に受けられていない二代目や三代目は、次第に教養とモラルを失い。
騎士にあるまじき行為に手を染める。
ある者は盗賊紛いの略奪を繰り返し、果てには領地を奪うことさえある。そんな彼らは『
しかしそうではなく再び士官できるものもいる。
騎士オッチョコチョイなどは『自由騎士』の出世の好例と言える。
元々彼は別の国で代々騎士をしていたが、この国に流れコッロス公爵家に士官した経歴を持つ。
そして貴族としての籍を持つ彼らは、幾つかの特権を有する。
軽犯罪の免除や入市税の免除と言ったものや、非武装が順守される場所でも武装する権利など平民と比べ多くの特権を持つ、そして彼らの義務は人類共通の敵であるモンスターの排除ただそれだけである。
つまり『自由騎士』の義務は世界を救った元勇者であるナオスにとって、苦ではないのだ。
「結果的に『自由騎士』に任ずるのなら兎も角、初めから『自由騎士』任ずるなんてありえない」
「『自由騎士』は国や領主、神殿と言ったあらゆる勢力から完全に独立した存在です。オニ兄上とお約束した『神殿と兄弟姉妹からの干渉を極力防ぐこと』の範囲を、国と他の領主にまで拡大しただけです」
「……そこまでの裁量権は今の俺にはない」
絞り出すような声で兄は答える。
「そうでしょうか? 騎士として国のために仕事をする公爵閣下の代わり、都での差配を長兄がそして領都の差配をオニ兄上がしています。後で報告することが必要とは言え現場での差配を重要視する公爵閣下が、高度な政治的判断を任せないとは考え辛い……違いますか?」
「その通りだ」
「『自由騎士』だったオッチョコチョイを雇い入れたのは、オニ兄上ではありませんよね?」
「……ああ」
「であるのならオッチョコチョイが侵入者に気付けないあるいは、侵入者を見逃すことも想定してたのではないでしょうか?」
「……そんなこと! ある訳がないだろ!!」
即座に語気を強め否定の言葉を口にする。
「理由ならあるじゃないですか」
「え?」
「俺自身ですよ」
「それはどういう意味ですか?」
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