第22話 死にかけのエルフと欠損奴隷達


「炊事や洗濯、掃除なんかができる奴隷がいい」


「でしたら、彼女らなどいかがでしょう?」


 そう言って連れてこさせたのは、腕や片目の無い奴隷達だった。

 しかし、脚が動かない奴隷は誰ひとりいないようだ。


「男女ともに腕や脚、目や耳などに欠損や障害がある場合大変お安くなっております」


「回復魔術で癒せばいいんじゃないか?」


「とんでもない! 回復魔術や回復薬ポーションで腕や脚を生やすほどともなれば、売値の半額から同じだけの金がかかります。それに通常再生までかなりの時間を要しますから、戦闘用の奴隷ならいざ知らず彼女らにそこまでの価値はありませんよ」


「「「「「「……」」」」」」


 少女達はうつむいて奴隷商の話を訊き流している。


「では六人全員を買おうそれでも2000ゴールド程度だろう?」


「その通りでございます」


「欠損奴隷でいい他の奴隷も見せてくれ」


「……ございますが、あまりオススメはしません。見ればその理由が分かるでしょうさあこちらへ」


 歯切れの悪い奴隷商に連れられ階下へと会談を降りる。

 そこはさっきまでの空間と異なり、薄暗く腐ったような酸っぱい病人独特の臭気が漂っている。

 グレテルとは慣れた様子でハンカチで口元を覆っている。

 思わず顔を顰めると奴隷商はこう言った。


「おやめになりますか?」


「……いや」


 ドアを開けると匂いは一層濃くなった。

 前世で嗅いだ “死” の匂いを強く想起させる。

 血と土と硝煙の匂いが鼻を付く戦場だ。


「ご覧の通り、脚など生活に深刻な支障を来すレベルの欠損奴隷や病に掛かった奴隷がここにいます。理由は様々で魔物との戦闘で大怪我をした冒険者や敗戦国の戦士、罰を受けた罪人や薬代を払えなかった平民など面白いものではありません」


「グレテルさん少し退室してもらってもいいですか?」


「かまいませんが……」


「ありがとうございます」


 訝しんだ表情を浮かべながらもグレテルは隔離部屋を後にした。


「奴隷商あなたに提案があるんだが……」


「なんでしょう?」


「ここにいる奴隷を全て治せるとしたら幾ら払う?」


「彼らを売って利益になる範囲ですと――これぐらいでしょうか?」


 そう言って指の数で金額を表現した。

 部屋の隅に目をやれば檻に入れられたエルフがいた。

 地毛は金髪なのだろうがこの部屋にいる他の奴隷と同様に、髪はくすんでぼさぼさになっている。

 胸はエルフと思えないほど大きく、頬がこけているようだが人形のように整った顔立ちをしている。


 この世界でもエルフは美と魔術の象徴であり、彼らのルーツは女神に願い肉体を持った精霊とされている。

 そのためエルフは神々の従者とも言われている。

 檻の回りには札が貼られており、彼女が呪いを患っているのだと理解出来た。


「じゃああのエルフと先ほどの美女貰っても?」


「――いいでしょう全員治せるのならですが」


「忘れるなよ奴隷商!」


 病や毒、呪いに身体の欠損と症状も種類も異なれば一人一人魔術をかけていくほかにない。

 一度に大人数に回復魔術をかけてもいいが、俺の実力が高く見積もられ過ぎるのも危険だ。

 実力は隠したいが旨味は得たい。二律背反の難しい問題だ。


「【ハイヒール】、【ハイコントラクション】【ハイヒール】【ハイアンチカース】――」


 ――と魔術を発動させ癒していく……。

 指程度の欠損なら即座に生やすが、腕や脚と言った大きな部位を即座に生やしては、奴隷が栄養失調で死にかねない。

 鍛えていれば筋肉や骨密度が高ければ問題も起きにくいが、そでなければ身体が追い付かない。


「はぁはぁはぁ……全員治療した。暫くすれば欠損部位も生えるだろう」


 流石に魔力が減り疲労感がこみあげて来る。


「……確かに全て治っているようですな」


「約束通りエルフを御譲りしましょう、約束のお金は今回の買い物を相殺した上で分割払いということで……」


 まさか全員治ると思っていなかったのだろう。

 即金で払えないと悟り、事実上の減額を要求してきた。


「金がないならしかたがないな……」


「商会の代表として運営資金は必要ですので……」


「理解しているそうだな代わりと言ってはなんだが約束をしてほしい」


 こうして俺は奴隷商に回復魔術の口外を禁止させた。


「しかし、お客さまにあれほどの……」


「おい!」


「失礼いたしました。 “経済力” があるとは夢にも思いませんでした」


「一応貴族の令息なんだがな。どこで俺を程度が低いと判断した? 服か? 態度か?」


「服や態度もそうですが一番は靴です。靴を見れば一目瞭然です」


「靴?」


 確かに俺の履いている黒い革靴は、ムノーマッマに支給された靴で一級品ではないものの上等な品だ。


「立場のある人間は誰かしらが毎日靴を磨くものです。靴に光沢があるということは、その状態を維持するだけの経済的余裕あるいは立場があると言うことです。奴隷達にもそのことを伝えまず靴を見るように言いつけてあります。

 奴隷も靴も我々にとっては消耗品です。金や権威のある人間でもケチな主人に仕えたくはないでしょう」


 なるほど、そのとおりだ。と思わず納得してしまう。

 先輩がウチの学校にしては珍しく就活するとのことで、部室に求人票を持ち込んでいたことを思い出した。

 現代でも靴云々はビジネスシーンで役に立つと言うし、人間なんてのは、文明が優れようとどの世界でも案外変わらないものらしい。




――――

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