8-3.弟子は縁の先を見る
リプテルが静かに茶を飲む中。
サクラは、どうすれば師に「赤い糸がなくなっても大丈夫」と信じてもらえるか、思案する。
(赤い糸がなくなっても大丈夫だとは、ミモザは信じられない。
なら。信じてもらう、には。
信じるとは、対等を目指す意思。
この場合なら、縁を戻すという目的の共有と、それを果たそうとする想い。
そこを目指すのに必要なのは、知ること。
私と、ミモザが互いに、縁を戻すこと、あるいはその先に対して、知ること。
私の気持ちや、ミモザの…………ぁ。もしか、して)
サクラは、少し前。王都で因縁を断ち切った後。
互いの関係に踏み込もうとしたサクラに対し、恐れたミモザを、思い出した。
(ミモザはたぶん、わかってるんだ。これは、一つだって。
互いの気持ちを知ることと、縁を戻すことは、繋がってるんだって。
縁を戻したその先が信じられたら、不安や不信がなくなって、もう赤い糸は消えてしまうんだって。
あの子は、私の気持ちを知ってる。
でも私は――――ミモザが私をどう思っているか、知らない。
そしてミモザは、自分の気持ちを私には知られていない、と思っている。
ミモザが私に気持ちを伝えたら、それできっと、赤い糸は消える)
確かに赤い糸は、サクラにミモザの暖かな想いを伝えていた。
だがミモザは口にして、その好意や愛情を伝えたことは、ない。
(――――はず、だけど。合ってるかなぁ?
そもそも私、ミモザに好かれてるか? 好かれてるとは思うんだけど。
エランどもがああだったから、ちょっと自信ないのよね。
第一、ミモザは百合OKなんか?
宗教的に寛容ゆうても、個人はそうはならんやろ?)
そもそも、ミモザが同性同士の恋愛感情に前向きかどうかすらわからない。
サクラとしては、ここが不安材料ではあった。
(友達がそうあることに、忌避感はまったくないみたいだけど。
ミモザ自身がどうかは、また別よね。
まぁ正直、あそこまでしておいて私のこと何とも思ってないなんて、さすがにあり得ないけど。
本人がそれをどう自覚してるかは、これもまた、別)
サクラは、ミモザの愛情を疑ってはいない。糸があることが、それを何よりも強く示している。
だが想いの強さと自覚は別。これは、サクラ自身にも当てはまることであった。
(私がなんでミモザを好きなのかって、ずっとわかんなかったしね。
でも簡単だった。最初っからなんだ)
同性であるという戸惑いを除けば、なんてことはなかった。
サクラが好いていたのは、最初からミモザ一人であった。
(ゲームの攻略対象で、イケメンの王子たち。地位も名誉も魅力もたっぷり。
でも付き合ってみるとわかるけど、ゲーム通り。私があれこれしないと、彼らは変わらない。
中身は普通の男の人で……夢がないと言うか。むしろ夢が現実になって壊れるというか。
ああいう子らは虚構だからいいんであって、現実にいたらおなか一杯だったわ)
彼らに好かれるように懸命になり、彼らの抱える難問に取り組み、それを解決していく。
共に生き、寄り添うことを示せば結ばれる……わけだが。
果たして。彼らはサクラに寄り添っては、くれなかった。
その気持ちにも、人生にも。彼らは、自分の隣にいればサクラも幸せだろうと、そう信じて疑っていなかった。
惹かれてはいた。だがサクラは結局、彼らと同じ人生を歩むことには、希望を見いだせなかった。
(でもミモザは逆。いつだって対等であろうとしてくれた。信じてくれた。
同じ問題に向かって、一緒に取り組んでくれてる感じだった。
立場は、学園の頃は敵対、だったけど。
その姿勢は、私が弟子入りしてからも変わらなくて。
師弟じゃなくて……多少の厳しさはあるけど、伴侶、って感じで。
いつでも私と一緒に、歩もうとしてくれる。心に、寄り添ってくれる。
女同士だっていうのは、ずっと引っかかってたけど)
だがサクラの感じていた垣根は、少しずつ崩された。
結婚している女人同士。あるいはこれから結ばれる人たち。
あまつさえ、同性で子供までいるという。
(同性だと嫌悪感? 生理的嫌悪がある? って話も聞いたことあるけど。
私、ミモザにそういうものを感じたことはないんだよねぇ)
たびたびの、近い接触。
サクラはそこに喜びを覚えこそすれ、違和を感じることはなかった。
(結局。生理的嫌悪ってのは、いいわけなんだ。ただ嫌い、苦手、受け付けないっていうのの。
それを欲望とか他の感情で誤魔化そうとして、やっぱり無理ってなってるだけ。
いやだって私、それを感じるのは男女どっちでもあるし。
好きな人……ミモザには何されても大丈夫って。ただ、それだけ)
サクラはいわゆる同性愛者、ではなく。
同性異性のうち、受け入れられるのがミモザ、というだけである。
だがその違いは、サクラにとっては重要であった。
嫌悪しようとも組み敷かれることもあると、知っている彼女にとっては。
必要なのは性別の違いではなく、信頼、愛情、そして安心である。
(うん。やっぱり私は、ミモザを愛してる。あの子がずっと、大好き。
だから、あなたを幸せにしたい。一緒に、幸せになりたい。
ミモザ――――)
すべての不安の欠片がなくなり、ただ真っ直ぐにミモザとの縁が繋がるのを感じ。
サクラは左手小指をそっと撫でて。
あることに、気づいた。
少しだけ視線を上げ、リプテルの手元……ほのかに輝く、赤い糸を見る。
(私の赤い糸は、もう輝きがない。
でも……これ、ここで終わりかな?
もっと揺れが少なくなったら、先の色があるんじゃ……。
はっとして、サクラは目を見開く。
(そうだ! なんで今まで気づかなかったんだろう!?
この糸には
そして、ミモザはとっくにそこに、辿り着いてる!)
サクラは確信を込めるように、密かに左手小指を右手で握り締めた。
(その上で、無自覚なんだ。知ってたら、恐れたりしない。
教えて、あげなきゃ。
でもそのためにはきっと、私も同じところに辿り着く必要がある。
私は――――)
脳裏に碧の瞳が浮かび、サクラは顔を上げた。
(まだ乗り越えなきゃいけない、壁がある)
革命軍を逃げ出したというドラールは、まだ捕まっていない。
だがことここに至って、サクラは奇妙な予感を覚えていた。
(この縁は、必ずくる。私を狙って、必ず。
迎え撃ち、乗り越えて……ミモザを、待とう)
――――――――すべての答えは、出た。
果たさなければならないことも、明確になった。
サクラは深く息を吸ってから、笑みを浮かべ。
茶を飲みながら時折視線を送っていたリプテルの瞳を、見た。
「…………リプテル様。きっと。大丈夫だと、思います。
ミモザは、私と向き合ってくれる。
隣を歩んでくれると……そう信じています」
「でしょうね。赤い糸を出しながら、子どもを産んだ人たちだっているのだもの。
私たちには難しかったけど。そうしたいと願うなら、あなたたちは乗り越えられるわよ」
先達の力強い言葉に。
サクラは肩の力を抜き、まっすぐ彼女を見て、頷いた。
「はい。ありがとうございます、リプテル様。
あ、お茶のお代わり」
いつの間にか空になっていたカップを見て、サクラは慌てて腰を上げる。
少し縁遠かった訪問者は、彼女を見て穏やかにほほ笑んだ。
「ふふ。いただこうかしら。これほどのもの、うちでは滅多に飲めないのよ」
「うちでもなかなか出せないんです、お客様来ないから。
あ、珍しいお菓子もあるので、よければ!」
「いただくわ。お代にそうね……ミモザの小さい頃のはな」
「是非聞かせてください、いくらでも払います」
前のめりなサクラに、リプテルが噴き出す。
楽しいお茶の時間は、正午を回っても続いた。
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