1-4.さぁ破滅せよ。我が元婚約者

 部屋の扉が閉まり、再びエランとミモザ、二人だけになる。



(サクラは選択と決断を終えた。ならばあとは、私が始末をつけましょう)



 ミモザは……燻ぶる怒りを、静かに口に上らせた。


 元婚約者の、罪を暴き立てる言葉を。


 それは。魔石にまつわる、彼の大罪。



「二……三年ほど、前でしょうか。魔石が市場に溢れたときは、本当に驚きました。

 あれは自然由来のもの。ところが、何か生産法が確立されたというではありませんか」



 魔石は利便性が高い。どんな人間でも、小さな魔法を使うことができる。


 だが自然出土しかせず、鉱脈もなく……使い過ぎれば、割れる。


 ところがミモザが学園を卒業してから二年ほどして、それが急に出回り始めた。



「ですが、先代陛下が崩御なされ、第一王子殿下がご即位。

 王弟となったエラン様の妻が、カトレアと知って。

 私は、ピンと来たのです。何かある、と」



 何も答えないエランをじっと見ながら、ミモザは言葉を続ける。



「調べ始めた矢先、身を隠すために〝サクラ〟となった彼女を見つけられたのは僥倖でした。

 魔石を生み出せる性質を持っていた彼女の体を弄り回し、あなたたちは。

 ――――人から魔石を取り出す手段を確立した。そうですね?」


「そう、だ」



 エランが、首を横に振りながら肯定の言葉を零す。自白剤ゆえ、彼は真実を口から零していた。



「国境の小競り合いの絶えないあたりで、敵味方問わず人をさらった騎士のメナール。

 王都を中心に怪しい薬を流行らせ、聖職者の身分を隠れ蓑にして人をかどわかしたライル。

 そして集めた人間を殺し、魔石を取り出していた魔術師のルカイン。

 先代国王を殺し、王弟として権力を手にして彼らを後押ししていた……主犯のあなた」


「そ、うだ」



 エランが肯定する。


 彼らの所業は国民の怒りに火をつけ、革命をも巻き起こした。


 結果、メナールは被害者遺族と、彼の父に誅殺された。


 ライルは教団内部がもみ消しに動き、毒を飲まされた。


 ルカインは革命軍に捕まり、先日処刑されている。


 国王を始めとした王族、およびエランの妻は、エランを売った。


 革命軍に助命を願い、国を明け渡し、首謀者エランたちの行状をつまびらかにした。


 元王弟エランの逃げ場は最早、国のどこにもない。



(カトレアの行方を捜していたのはおそらく……彼女からまた魔石を取り出し、資金を作って逃げるつもりだったのでしょうね。

 浅はかな男)


「ほう、ぎょく、さえ」



 エランが掠れた声を上げた。その顔は歪み、歯を食いしばっている様子である。


 自力でまだ喋れることに驚きつつ、ミモザはエランの言葉に耳を傾ける。



「宝玉、さえ、出てこなければ、すべてうまく……!」



 その一言を聞き、ミモザは――――胸の奥に、清涼が差したのを感じた。


 成し遂げた、と。一人静かに、そう実感した。



 魔石を樹脂で包んだ加工品〝宝玉〟。


 その登場によって、魔石市場は大きく様変わりした。


 具体的には、無加工の魔石の単価が下がったのだ。


 再利用可能なものが多量流通し始めたのだから、当然である。


 本来ならば魔石と宝玉は互いに益のある関係。事実、宝玉によって、通常の魔石産業は盛り上がっている。


 だが、売り上げが下がったエランたちは慌てて、さらなる増産……虐殺に踏み切り。


 その結果。ことのすべてが露見して、革命を誘発。追われる身となった。



(しかし。よほど未練があったのですね、エラン。

 本当に、愚かな男。

 宝玉の、話。それは。

 それだけは――――聞かなければ、よかったのに)



 ミモザは静かに顔を上げ、またエランを見据える。



(では。

 止めを。

 さしてあげましょう)





「宝玉を発明したのは、私です」





「え」



 エランが間の抜けた声を上げる。


 その顔からは、表情が抜け落ちた。



 宝玉は……もっと未来に、別の人間が作り出すはずのものであった。


 だがミモザは。かつてエランに婚約破棄された瞬間、〝縁の糸〟が切れたとき。


 遠い未来に宝玉という加工品が、魔石にとって代わることをした。


 彼女はそうして見たアイディアから、そのまま製品を作り出し……国外を中心に流通させていた。



 彼女たち〝ブロッサムの魔女〟は、縁を読む。


 常日頃から縁を広げ……それが切れた時、時を読むのだ。



(とはいえ知ることができただけなら、私は多少の備えをして、それで終わりにしていたでしょう。

 けど、こいつらは。

 ――――私を、怒らせた)



「あなたがたが、カトレアに惨い扱いをしたと知って」



 ミモザが思い描くのは、いつも懸命だった彼女の姿。


 聡明で、忍耐強く、気高く……ミモザが最も敬愛する強敵とも、カトレア。


 その尊厳を踏みにじったものたちの、首魁に。


 彼女を愛していたはずの、男に。


 ミモザの怒りが、静かに燃え上がる。



「私が未来を占い、宝玉の製法を突き止め、現世に生み出したのです。

 本当ならずっと先だったはずの、魔石の駆逐を早めるために。

 そう」



 ミモザは静かに席を立ち、テーブルを回ってエランに歩み寄る。


 もう椅子になんとかおさまっているだけの、薬の回った元婚約者。


 彼のその震える目を、間近で、真っ直ぐに、じっと見て。


 ミモザは一口に、突き刺すように言葉を放った。





「貴様を破滅させるためになッ!!」





 薬の回り切ったエランが、最後の衝撃に押し込まれ、意識を手放す。


 瞳がぐるんと回り、口からは泡が吹かれ、椅子からはずり落ち。


 床に無様に、倒れ伏した。



「先生」



 扉を開け、サクラが戻ってきた。



「失礼します!」


「どうぞ。あとはお任せいたします」



 サクラに続いて、幾人かの男たち……革命軍の兵士たちがなだれ込む。


 彼らは手早く、エランを部屋から運び出していった。


 また扉が閉まり。


 ミモザはかつての強敵とも、今は弟子となった彼女と二人、残された。



「さすがです、先生。お見事でした」



 その黒い瞳を潤ませ、サクラが真っ直ぐにミモザを見る。



(そう褒められると照れる……いえ、こういうところこそ、彼女の強みですね。

 胆力強く、勇気をもって踏み込める。それに何度、先を行かれたことか)



 ミモザは首を振った。そして、反省の言葉を紡ぐ。



「ブロッサムの魔女は、今後100年の未来を決める大事を見る。

 確かに私は縁あって、その奥義に辿り着きました。

 ですが」



 ミモザはサクラに、微笑みかけた。



「未来を使、という点に関しては。

 やはりあなたには、敵わない」



 しかし、弟子もまた首を振った。



「とんでもない。先生は、そのブロッサムの秘奥を。

 、使ってくれた。

 そうなんですよね?」



 指摘され、ミモザの顔がほんのりと赤くなる。


 どうも先ほどのエランとのやりとりは、サクラに聞かれていたようである。



「やっぱり先生――――ミモザが、最高よ」



 サクラが。ミモザの知る、かつての強敵カトレアの顔をして、言う。



(……やはり私は、まだまだですね。

 優雅を是とするブロッサムの魔女が、感情的になって怒鳴り声を聞かれるなんて)



 ミモザは少しの咳ばらいをしつつ、話を変えることにした。



「今回のことで、あなたの余計な縁はすべて切れた。

 これからは、魔女として立派にやっていけるでしょう」



 太い縁は情報を多く呼び寄せ、占いには役立つ。だが悪縁だと、雑念が入りやすい。


 サクラにとって、エランたち四人は特大の悪縁であったが。


 そのすべての縁は、切れた。



(そう。これであなたは、自由になった。

 過去から解放され、幸福を手にし、未来を歩むことができる。

 縁を見る魔女は、多くの縁を手繰り寄せる。

 きっとそれが、あなたの未来を作っていくでしょう。

 少し、寂しくはありますが)



 ミモザは弟子に、手向けの言葉を紡ぐ。



「皆伝です。これからは、サクラ・ブロッサムを名乗りなさい。

 もう身を隠す必要もありません。

 今後はご両親のもとに帰っても良し、好きに生きると良いでしょう」



 魔女の技は、もうすでに叩き込んであった。


 ミモザは弟子の成長を認め、喜び、祝う。


 だがサクラは驚いたような顔をした後……ゆっくりと、笑顔を浮かべた。



「はい。では引き続き、おそばにいさせてください。先生」


(……………………ん?)



 ミモザは妙な胸騒ぎがし、警戒心を強めた。


 サクラが居残ってくれる。それは嬉しい。


 だが。



「それは、よいですが……なぜ」



 彼女の認識では、カトレアが意味もなく選択を行うはずがないのだ。


 それはサクラになってからの彼女も、同じであった。


 果たして。





 サクラの黒い瞳が。


 ミモザを、じっと見た。


 彼女越しに、もっともっと、遠くを。



「なにを」


「エランとの縁が切れた瞬間に。

 ――――私の今後100年を決める、大事を」




 その晩。魔女の奥義たる予知を実現した、弟子の詳細を聞き。


 ミモザは盛大に、身悶えすることとなる。


 自分と結ばれる未来を見たという彼女の、綻ぶような笑顔に。


 ミモザは顔が茹るように熱くなるのを、止めることができなかった。


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